ペンギン・ハイウェイ

  • 『ペンギン・ハイウェイ』

  • 森見登美彦
  • 角川文庫
  • 660円(税込)
  • 2012年11月刊
  • 郊外の街に突如現れたペンギンたちと、歯科医院の不思議なお姉さんにまつわる謎。「それが君の答えか、少年?」小学4年生のぼくが研究の果てにたどりついたものとは……。

ペンギンとハイウェイと。

推薦文No.15-3
東京理科大学読書クラブ

 ――やられた。いや、正直に言えば負けたとさえ思った。僕はその場でお財布の中身を確認したし、手持ちが足りなかったから仕方なくポイントまで使って買う事を決意した。何の話かって、そりゃあペンギンハイウェイと僕との出会いのワンシーンである。この時僕は正に森見登美彦先生の新しい小説に魅了されてしまったのだ、そのタイトルを一目見ただけで!
 『ペンギン』と『ハイウェイ』。この二つの単語が同時に並んでいる。それだけで既に圧倒される。かたやペタペタと地面を歩く微笑ましい鳥であり、片や都市的・未来的なニュアンスを存分に放つ高速道路である。この二つが同居して、ここまで違和感のない題名になっている......それも、その現象はタイトルだけに収まらないのだ。
 この物語は、超・おませな少年、アオヤマ君が突如として町に現れたアデリーペンギンの生態や正体について『研究』を重ねていくと言う物だ。あらすじだけでSF好きにはたまらないだろうが、たまらないのは筋のみにあらず。言うなれば文章全てを通じた『雰囲気』が、もう、読んでいて実にたまらない。
 雰囲気、そう雰囲気なのである。森見登美彦と言う作家の最大の持ち味は、その洒脱な『滑稽さ』や、どこまでもリアルな『生活感』に加え、この独特な『雰囲気』にこそある。本を開いた時、そこに確かにあるのは統一されたフォントの群れである。......しかし、お分かりいただけるだろうが、その字面を『読む』ことで私たちはそこからその小説の、立ち上ってくるように濃密な『雰囲気』を感じることが出来る。決して大人や青年が主人公ではこうは行かないと言う牧歌的な、しかしどこか世間とズレたアオヤマ少年の視点。それを彩る個性的な父親、ウチダ君、そして歯科医院のおねえさん。何て言うことの無い、しかし圧倒的に現実味のある生活描写の中に、ペンギンや《海》と言う非日常性が潜んでいる。小説を未読の方のためにここで様々な事を言うのがためらわれるのが残念であるが、この『雰囲気』を味わうたびに僕はこの小説を読めて良かったとしみじみ思うのである。それはリアルとファンタジーの完全な同居であり、正にタイトルのミスマッチがここにも表れていると僕は思う。 
 物語全体を通じて解きほぐされていくのは、魅力的な、チャーミングなペンギンとおねえさんの謎。意味ありげに微笑む胸の大きな歯科医院のおねえさんに、きっと貴方ものめり込んでいくはずだ。――しかし、それらは森見登美彦先生にとって題材である。前半に感じるであろう、アオヤマ君と彼を取り巻くどこかこまっしゃくれたような展開が、物語後半に至って読み手の心にまた違った印象を与えるだろう。これは非常に丁寧なアオヤマ少年の精神的成長の物語なのだ。だからこそ、深みがあるし、余韻がある。読み終わった後に、本を棚に戻し、ほぅと一息吐いた後にゆっくりと物語を回想し始める。自分が過ごしたことの無いはずのペンギンにまつわる少年時代を、どこか懐かしい気持ちでもう一度味わうことになる。
 もし貴方がSF好きで、或いはゆったりとした空気感が好きで、何より謎に満ちた素敵なおねえさんが好きならば、先ずは一読を。そしてその後、タイトルを眺めながら豊かな一時をお過ごしください。

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