マリアビートル

  • 『マリアビートル』

  • 伊坂幸太郎
  • 角川文庫
  • 780円(税込)
  • 2013年9月刊
  • 殺し屋たちが入り乱れる様はまさに異常! いくつもの伏線を覚悟しながらも、このしてやられた感がなんともいえない! 読んでいくにつれ気持ちがどんどん高まる作品です!

最優秀推薦文

贅沢な時間

推薦文No.16-1
法政大学もの書き同盟

 哲学的命題はいつだって人を思索の海に浸らせ、模範となる解答を探そうとせざるを得ない。きっとここに書かれている解答はすべて正しいのだろうし、すべて間違っているのかもしれない。

 「人をなぜ殺してはいけないんですか」

 残忍で狡猾な中学生王子は出てくる登場人物たちに問いかける。彼に息子を殺されかけ彼への復讐を誓う元殺し屋木村はその問いに「別に人を殺してもいい」と意気揚々に答える。機関車トーマスが好きな檸檬は「殺されないように振る舞え」と答える。文学好きな蜜柑は「人を殺してはいけないという言葉は大人たちが描いた夢の表現に過ぎない」と答える。妻を殺された経験のある塾講師鈴木は「国家の不利益になるから」と答える。王子はどの解答にも満足しなかった。ある解答には落胆を覚え、ある解答には苛立ちを覚えた。結局彼は人を殺す理由を分かることなく作品から姿を消す。その去り方は実に曖昧で、生死すら不明だ。

 誰しも一度は考えるのではないだろうか。何故人を殺してはいけないのか、と。様々な視点でその解答を提示される解答集のような作品かもしれない。王子はわたしたちかもしれないし、作者である伊坂氏自身かもしれない。どの解答にも不服を示す我儘さは好感とはいえないまでも共感する。曖昧にさせることは時に重要だ。すべてのメカニズムが分かってしまったら哲学的命題も出てきはしない。こうしてあえてぶつけることすら出来はしない。

 娯楽はただ快楽を得るためだけのものであってはならない、と個人的に思っている。小説は中でも特に快楽性を求めるより、それに勝る何かを求めるものでなくてはならない。快楽という物は人間の欲動に端を発するものであり、それは本能的である。しかし小説は本能的に求める物であり、理性に訴えかける物であってほしいのだ。なぜなら小説の世界は決して視覚で訴えることが出来ないからだ。想像をめぐらすことで己の頭の中に視覚で得ることの出来ない世界を作ることしかできないからだ。言ってしまえば小説は文字の羅列を、行と言う列をなしている紙の束でしかない。しかしその紙を開きその文字列を追いかけると脳は反応する。考え、想像し、想いを馳せる。思索に耽るという贅沢な時間の過ごし方が出来る。現代の大学生は想像に想いをめぐらすことが出来ているのだろうか。どうやっても納得できる答えが出ないような疑問に頭を捻ることがあるのだろうか。時間に追われ、機械に支配された社会を生きる現代っ子たちに、偶にはこういう過ごし方もあるんじゃない、とこの本を渡してお茶の一杯でも淹れてあげたいものである。

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