華竜の宮 上・下

  • 『華竜の宮 上・下』

  • 上田早夕里
  • ハヤカワ文庫JA
  • 各777円(税込)
  • 2012年11月刊
  • 時は25世紀、大規模な地球環境の変化により陸と海に分かれて暮らす人類に再び危機が迫る。思惑渦巻く中、人類は手を取って生き抜くことができるのか? 話題のSF長編!

生命の織りなす群像劇

推薦文No.4-3
立教大学文芸批評研究会

 人類の文明はいつまで発達を続けるのだろうか? 現在の地球は過度に暑くもなく、寒くもない平和な状態であるが、その歴史を見てみると大規模な火山活動や隕石の衝突などによって幾度も生物の大量絶滅が起こっていることがわかっている。次の絶滅がすぐそこまで迫っているのではないか、そういった疑問に対して丁寧に答えているのが今作品である。
 ホットプルームの活性化、つまり地球の核からの熱流によって海底隆起が起こった結果、250mもの海面上昇が起こり、大半の陸地は海底へと沈んだ世界。人類は残された僅かな陸地と海上都市で生活する陸上民と、目の前に広がる大海原を家であり、朋でもある魚舟と共に生きることを選んだ海上民とにわかれた。
 旧来通りの政治形態を維持しようとする陸と、自由な生活を望む海との間を取り持つ役目をしている外交官のひとり、青澄誠司が本作品の主人公である。彼は利益を与える人間だ。なにか問題が起こった時には海の利益も、陸の利益も与え、さらにその問題の根本的な解決まで図る、優秀な人材である。
 そして今回の作品のキーパーソンであるのが、多数の海上民の集団を束ねる長・ツキソメである。彼女は知恵のある人間だ。政府に頼らないで自立しようとする船団をまとめ、海の現実を直視しながら生きる、強き女性である。
 この作品は多くの物語を内包している。致死率が極めて高く発生の予想もできない病潮や、魚舟の突然変異である獣舟の凶暴化、海上強盗団による治安の悪化。陸の政府は海上民を管理しようとし、海上民はそれを嫌う。陸と海をつなぐ人間は奔走し、人類全てに迫る危機を相手に研究者は自分たちの戦いをする。さまざまな要因が絡みつく中で、それでも自らの道をまっすぐに進んでいこうとする人々を様々な視点から描き出す。
 人類の運命という大きな問題を解決できるヒーローはこの作品には登場しない。ひとりの人間ができることなんて本当にちっぽけなことだけだ。しかし自分にできることをやらなければ世界は動かない。過酷な環境の中で生きる人間、ひとりひとりが見せてくれる意志の強さ。それがこの作品に生命を与え、そして私たちを引き込んでいくのだ。

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