クォンタム・ファミリーズ

  • 『クォンタム・ファミリーズ』

  • 東浩紀
  • 河出文庫
  • 798円(税込)
  • 2013年2月刊
  • 2035年=未来の娘から届いたメールがすべての始まりだった。批評家・東浩紀の小説第1作にして第23回三島由紀夫賞受賞作がついに文庫化。筒井康隆による解説も見所。

「複数の生」を生きる家族の物語

推薦文No.6-1
立教大学文芸批評研究会

 人はみな「こうであったかもしれない」別の現実を想像して生きている。たとえば「あのときAではなくBという選択をしていたら、今の人生はこうなっていなかったかもしれない」というような想像は、誰もが一度はしたことのあるものだろう。
 本作は端的に言えば、そのようにして人々が思い描く別の人生が、実際に様々に存在する並行世界の現実として存在している世界を描いた物語だ。本作の世界ではそのような別の現実と「貫世界間通信」によって情報をやり取りしたり、はたまた人格を転送したりすることが可能になったりしている。
 ところで本作のタイトル"クォンタム・ファミリーズ"は一見すると奇妙な言葉である。なぜなら本作はあくまで一組の家族を描いた物語であり、それならば「家族」を複数形にする必要はないはずだからだ。なのになぜ本作のタイトルには複数形のsが付けられているのか、その理由は本作の物語を確認すればわかる。主人公である35歳の大学教授は既婚だが、夫婦仲は冷え込んでおり子供を持っていない。ところがある日、彼は「彼が妻と子供を作った世界の未来の娘」からメールを受け取ることになる。またある世界では彼には娘ではなく息子がいることになっていたり、ある世界では彼の妻は新興宗教の教祖になっていたり......と、本作における"家族"とは無数の並行世界で別の人生を歩んだ家族を含んだものになっているのである。だからこそ、彼らは一組の家族でありながら複数の家族であることになり、本作のタイトルも「量子家族」ならぬ「量子家族《たち》」となるのだ。
 人の人生には様々な可能性がある。いま家族を作っている人々も、別の人生では家族を作っていなかったかもしれない。本作は並行世界を題材としたSFだが、本作がその物語を通して訴えようとしているのはむしろ、「並行世界では家族を作らなかったかもしれない人々が家族を作っている《この現実》のかけがえのなさ」の方なのではないだろうか。

推薦文一覧へ戻る

最終候補作品

候補作品