フラニーとズーイ

  • 『フラニーとズーイ』

  • サリンジャー
  • 新潮文庫
  • 680円(税込)
  • 2014年3月刊
  • 人の未熟さやエゴに苛まれて宗教書に救いを求め、同時に自らも独善に陥り苦しむ妹と、ユーモアと才気溢れる対話で彼女を救い出す兄。残酷で優しいサリンジャーの名作。

すり合わせ

推薦文No.16-2
中央大学 文学会

 大学生となって、いやでも考えるようになるのは自分の理想と現実のギャップだ。
 日々、生活を送っていくうちに自分にとってできること、できないことの違いというのは自然と考え、理解するようになっていく。
 学業や就職など社会と自分の関わりの中で自分を規定しなくてはいけない事態が否応なしにやってくる。
 そんな中で自分にとっての理想が現実とあまりに乖離していたらどうしたらいい? そのようなギャップに対し悩み、一種の回答を出すのが『フラニーとズーイ』だ。
 内容としてはエゴだらけの世界に欺瞞を覚え、憤るナイーブな少女であるフラニーの章、そしてその兄であるズーイの章となっている。
 翻訳を担当した村上春樹も特設サイトにて「いやに宗教臭かったな」という感想が出るように宗教的な話やモチーフは多く用いられている。しかし、内容としてはより根本的なことであり、普遍的なことだ。
 人々が自分にとっての『理想』に対しての純粋な想い、そしてそれに対してのギャップ、重要なものはそこだ。
 登場人物であるフラニーは自分を取り巻く世界をエゴにまみれているものと考え、しかしその実自らもまた、そのような自分が否定するエゴに囚われてしまっている。
 言及されるエゴというのはまた私たちの世界にもありふれたものだ。会話をしている時にちょっとした優越感に浸ろうと自慢をしたり、知識をひけらかしたり、そんな誰でも(もしかしたら無意識に)行っているような些細なものだ。それに真正面から取り組むあまりかえって身動きが取れなくなるフラニーは読む人によっては反発を、またある人にとっては強い共感を生む。
 本書はそのような無垢な理想を否定するものではない。ただ、それを包むようにフラニーとズーイの会話の中で語られる。
 社会と自分のすり合わせ、それを本書と共に考え直すのはどうだろうか。
 もう一つ、翻訳というのは文章をその時代により即したものにアップデートしていくもの、と訳者である村上春樹は語っている。『フラニーとズーイ』は過去に翻訳されたものを再び現代を代表する作家の一人である村上春樹が訳したものだ。個人の好き嫌いは別としてまた馴染む人も多いだろう。
 訳によって印象が変わる、ということは往々にしてある。「以前サリンジャー読んでみたんだけどなんだか途中でやめちゃったんだよね」という人や「昔の作品だしなんか読む気がしない」という方はこれを機会に読んでみるのはいかがだろう。
 きっと、今の世代である私たちにも届くテーマを内包した小説であるはずだから。

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