満願

  • 『満願』

  • 米澤穂信
  • 新潮社
  • 1,728円(税込)
  • 2014年3月刊
  • 殉職した警官、いわくつきの旅館、ありえるはずのない審判、裁きを待つ男、死亡事故が多発する峠、後ろ向きの達磨。謎が明かされる度に思わず背筋が寒くなる、6つの物語。

この虚無感は、癖になる

推薦文No.17-2
成蹊大学 文芸倶楽部

 「イヤミス」という言葉をご存知だろうか? 読んだあとイヤな気持ちになるミステリ、略して「イヤミス」である。イヤな気持ちになるのについ読んでしまう、なんとも不思議である。湊かなえ、乙一などがその代表としてよく名が挙がるが、米澤穂信もまたイヤミスの代表的な作家であろう。彼の新たな作品である「満願」も、そうした「イヤミス」の系譜を継ぐ作品である。

 多くのミステリの場合、探偵役が謎を解けば事件は解決し、めでたくハッピーエンドとなる。しかし「満願」はそもそも解決すべき事件が既に「終わった」ものであるなど、謎を解明しても何も変わらない、それどころか隠された真実を知らないほうが良かったと思うなど、物語の、ひいては読者の救いは一切存在しない。読後感は最悪。なぜこんなものを読んでしまったのかと自問したくなる。だが、そこにこの小説の魅力がある。

 「満願」は六つの短編集からなる小説だが、それぞれに出てくる登場人物は皆、嘘、という一点で結ばれている。彼らは各々の方法で嘘を操り、自分にとって不都合な事実を隠そうとする。
 恐ろしいのは、彼らがそうして嘘によって隠した行為すら、本当の目的のための一手段でしかない、という点だ。表題作「満願」で描かれる殺人事件では、殺人そのものは実は手段でしかなく、殺人者が本当に叶えたい願いは別にあることが最後に明かされる。殺す相手すら本当のところは誰でもよく、そうまでして叶えたかった願いも実に利己的で、まさかそんな理由でと思わざるを得ない。人殺しを単なる手段として扱う、それは鬼畜の所業であり、悪魔的だ。その理由もまた、理解は出来たとして到底納得出来るようなものではない。その真相に愕然とし、あまりの悪辣さに恐怖を抱く。
 繰り返すが、「満願」は既に「終わった」物語である。暴いた秘密を犯人につきつけることも出来ない。物語の中の現実は何も変わらない。探偵役と同じように、読者は真相を知ってしまったことを後悔する。そうした後味の悪さが、読者の心に影を落とす。

 なぜこんなものを読んでしまったのか。なぜこんなものを読みたくなるのか。思うに、恐怖や不快感は麻薬みたいなものである。強ければ強いほど、得られる快楽は大きい。その反動もまたしかり。読後、虚無感にさいなまれることもしばしば。しかしそうして得た快感は決して忘れられない。時たまその影を想起し、嫌悪感に身を委ね思いに耽るのはこの上なく贅沢な遊びだ。
 
 ただ後味が悪いだけでは強く心に残らない。「満願」の、嘘を全て剥がされた物語の結末は美しくさえ感じられる。達磨や柘榴といった小物たちも、物語の情緒を深めるのに一役買っている。
 
 この本を手にするときは注意してほしい。ただの退屈しのぎに読めば、手にしたことを後悔することは必至。しかし、もしその覚悟があるのならば、この一冊があなたに格別の時間を与えることを保証しよう。
 ぜひ手にとって感じてもらいたい。この虚無感は、癖になる。

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