いなくなれ、群青

  • 『いなくなれ、群青』

  • 河野裕
  • 新潮文庫
  • 637円(税込)
  • 2014年9月刊
  • この島から出るには、なくしたものを見つけなければいけない。七草は2年ぶりに真辺由宇と再会する。この物語はどうしようもなく、彼が彼女に出会ったその時から始まる。

最優秀推薦文

つかみどころのない「何か」について

推薦文No.1-1
九州大学 文藝部

 思い出してみてほしい。
 大人になって失くしたものを。

 人として成長するのは悪いことではない。むしろ喜ばしいことだと、誰もが考えるだろう。たぶんそれは間違いではない。だけど忘れてはいけない。「成長する前の自分」は、もはや「成長した後の自分」とはまったくの別人なのだ。

 本作の舞台は「捨てられた人たちの島」、階段島。外界から隔絶されていて、誰も出ることはできなくて、「魔女」によって管理されているといわれていて、けれどとても平穏な場所である。そして、どうして自分がこの島にやってきたのか、誰も知らない。誰によって「捨てられた」のかも分からない。この階段島から出ようとすることで、主人公・七草はどうしようもなく現実と対峙する。
 七草は悲観主義な少年で、現実の残酷さを自覚的に受け入れていた。そして、だからこそ彼は、「捨てられた」という言葉の真意を直観し、階段島に関する仮説に思い至る。悲観主義ゆえに、現実の無慈悲さを見抜いてしまうのだ。

 「人は幸せを求める権利を持っているのと同じように、不幸を受け入れる権利だって持っているんだよ」

 彼はすべてを受け入れていた。真辺由宇が階段島に現れるまでは。
 真辺由宇は七草とは正反対に、理想主義でひたすらにまっすぐな少女である。そんな輝かしい彼女が「捨てられた」。七草にとって、それだけは許せなかった。そして真辺由宇もまた、自らの理想と照らし合わせて、階段島という理不尽な存在が許せなかった。
 自らの信念に従って、二人は動き出す。明確な敵はいない、囚人を閉じ込めるかのような壁もない、脱出する必然性すらない、ド派手な青春活劇などとても期待できないような世界で、彼らは抵抗を試みる。

 僕たちの現実も、こんな世界ではなかっただろうか。そして、こんな現実から抜け出そうとすることこそ、青春だったのではないだろうか。
 現実と戦おうともがけばもがくほど、まざまざと現実を見せつけられる。そうやって、結局現実には勝てないのだと悟って、僕らは大人になっていく。幼い自分を切り捨てるよう、現実から迫られる。この世界は、残酷で、容赦ない。
 だからこそ、真辺由宇の言葉が鮮烈に輝く。

 「私は、現実の私たちが間違っているんだって証明する」

 正直なところ、この小説はジャンルが確定できない。ミステリーと銘打ってあるが、ファンタジーとも言える。あるいはロマンスだと感じる読者もいるかもしれない。
 謎めいていて、幻想的で、恋愛要素もほのかに匂う、一言では言い表せないもの。そんなつかみどころのなさが、リアルで、切実で、どうしようもなく青春なのだ。
 この小説では、「青春」と呼ばれるつかみどころのない「何か」こそが、最大の謎となっている。だからこの小説はただの青春ミステリーではない。
 これは、青春という謎を解く物語である。

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