いなくなれ、群青

  • 『いなくなれ、群青』

  • 河野裕
  • 新潮文庫
  • 637円(税込)
  • 2014年9月刊
  • この島から出るには、なくしたものを見つけなければいけない。七草は2年ぶりに真辺由宇と再会する。この物語はどうしようもなく、彼が彼女に出会ったその時から始まる。

捨象された自己との邂逅 ネタバレ注意

推薦文No.1-2
国際基督教大学 ICU ペン(先)クラブ

 この本の推薦文を書くに当たって、作品世界の根幹に抵触するネタバレを含んでしまうことをご理解いただきたい。というのも、この本のすばらしさ、この本を何故大学生に読んでもらいたいかを述べるには、その部分に触れる事が必要不可欠であるからだ。
 正しいことを、正しいとはっきり言える少女、それがこの作品のヒロイン、真辺由宇。主人公・七草は、彼女の幼馴染であり、真っ直ぐすぎる性格ゆえに周囲から煙たがれていた彼女の唯一の相方。しかしそんな彼らも、中学二年生の時に家庭の事情で離ればなれになってしまったのだった。
 それから数年後、彼らはこの作品の舞台である、謎めいた孤島、「階段島」で再会を果たすことになる。
 階段島は不思議な島だ。島には多くの人間が暮らしているが、彼らは皆、直前の記憶を失くした状態で、ある日突然海岸に流れ着く。また、この島では生活や食料の心配をする必要はない。島には学校も商店も、郵便局もあり、基本的に日々の生活に不自由することはない。しかし、彼らはどんな手段を使っても島から出ることは出来ない。島から出るための唯一の手段は、「失くしたもの」を見つけること、であるという――。
 この作品には主人公たちの他にも多くの人間が登場する。コミュニケーションが苦手な少女、親を憎む少年、自分のアイデンティティーを固定できない少年......。真辺や主人公を含めて、彼らには、共通点がある。それは、彼らが「捨てられた人間」であるということ。何に捨てられたかというと、自分自身に、である。
 我々は、思春期を通して、多くの悩みを抱き、それを乗り越えてきた。しかしその過程で、同時に多くの物を切り捨ててきている。そこには一種の妥協や、諦観があっただろう。ありのままの自分を貫き通すことは、この世界では難しいことなのだ。
 この作品に登場する人物たちは、いわば捨てられた自己の断片である。私はこの作品を読み終えた時に、果たしてそれらは元の彼らにとって切り捨てられて良かったものだったのだろうか、という疑問を抱いた。たしかに欠陥を具現化したような人間たちだが、同時に彼らしか持ちえない魅力も持っているのだ。最終的に七草は、「正しいことを正しいといえる」階段島の真辺を現実世界へと送り返させる。それは、彼のエゴだったのかもしれない。彼は、現実世界の真辺が切り捨ててしまった「正しいことを正しいといえる」真辺をたまらなく愛していたのだ。
 この本を読み終えたとき、過去に切り捨てたはずの自分自身の断片が目の前に現れるような感覚を味わった。過去に切り捨てた私の断片は、今の私をみて、どう思うだろうか。恨んでいるだろうか。
 思春期を乗り越えて間もない大学生にこそ、この本を読んでもらいたい。そして、読書体験の中で、切り捨てられた自分自身と、もう一度向き合ってみて欲しい。叙述トリック、幻想的な文体、そして心の奥を揺さぶってくるようなテーマ。私はこの作品こそ、大学読書人大賞をとるに値する作品であると確信している。

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