すべて真夜中の恋人たち

  • 『すべて真夜中の恋人たち』

  • 川上未映子
  • 講談社文庫
  • 691円(税込)
  • 2014年10月刊
  • 人と言葉を交わすことも苦しい、そんなひとりの校閲者の静かな恋には、けれど一回限りのこの恋にかけがえのない希望と絶望を抱いてしまう真剣さがたゆたっている。

色鮮やかな真夜中

推薦文No.8-1
立教大学 文芸批評研究会

 真夜中に外を歩いたことがあるだろうか。もしもないならば、一度試してみてほしい。そこは私たちが普段考えているよりもずっと光にあふれていて、ずっときれいだ。そんな真夜中の描写からこの小説は始まる。

 語り手である入江冬子は不器用な人間だ。大学を卒業して勤めることになったのは小さな出版社だった。彼女はそこに馴染めなかった。何が悪かったということはない。彼女は一度も締切に遅れることなく、きちんと仕事をしていた。けれども一度奇異の目で見られてしまうと、その姿すら笑いの種になり、良い人ぶるのに必死だよね、とまで言われてしまう。放っておいてやれよ! その部分を読んだときの率直な私の気持ちだ。彼女は会社で求められる義務は果たしていた。それなのに、ただ彼女たちが求めるような、そしてひどくプライベートな事柄、例えば恋愛とか結婚とかを必要としていないというただそれだけで、彼女の賞賛されるべき部分さえも貶められてしまう。それがたまらなく嫌だった。しかし、彼女にとっての幸いは、石川聖というその部分を見誤らない人間と出会えたことだっただろう。石川聖という女性は、美人で、さばさばしていて、入江冬子とは一見全く違った人間のように見える。けれどもその実、彼女らはとても近いところで苦悩している。それは女性であるということに起因している。
 石川聖はすきでもない男性とぽいぽい寝てしまう。こう書くと、なんていやな女だ、と思う人もいるだろう。でも一体全体どうしてそれがいけないんだろうか。どうしてすきじゃないと肉体関係を持ってはいけないんだろうか。そして、この問いはそのまま反転して、私たちに迫ってくる。すきだったらセックスしなきゃいけないんだろうか。

 女性には女性であるということが求められるときがある。女性であることを求めてくる人がいる。それがひどくしんどく感じられるときがないだろうか。男性も同じだ。男性であることを求められるとき、男性であることを求めてくる人。それらをしんどく感じたことはないだろうか。「すき」というものは難しい。その思いは人それぞれであるはずなのに、周囲は勝手にカテゴリー分けをする。そういうのじゃない、ただの「すき」をつきつめた先に見る真夜中はどれほどきれいだろうか。一気には読めない本だった。一文字一文字ゆっくりと飲み込んで、その真夜中を確かめてほしい。

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