電気サーカス

  • 『電気サーカス』

  • 唐辺葉介
  • KADOKAWA
  • 1,620円(税込)
  • 2013年11月刊
  • テキストサイトの管理人、水屋口は同じく管理人をしている少女の真赤と出会う。インターネット黎明期を舞台に展開される、2人を中心とした仄暗い青春小説。

サーカスの終わりまで

推薦文No.12-1
法政大学 文学研究会

 決して読み終えた後、前向きに明日を生きようという気分になれるような物語ではない。

 読んでいるうちに主人公の一人語りに引きずられるままその過去と現在にいつの間にか引き込まれ、本から顔をあげて少し息を吐き出してからやっと、自分の思考が汚染されていることに気付くような、そんな文章だ。
 現代の大学生にとってはほんの少し遠い過去を舞台にしていながら、そこにいる人物たちはいずれも、ふと思い返してみればあの知り合いにどことなく似たような人間ばかりだ。
 もっともそれが表れているのが真赤――主人公の前に唐突にやってきた、ある意味で"特別"な少女――だ。インターネット上での仮面を使いこなす彼女でさえ肉体からは自由ではいられない。
 自分の生活を、虚実織り交ぜながら顔も見たこともない人に向けて語るのは、なにもこの本の舞台のように過去にさかのぼらずとも今日この時にインターネット上で行われていることだ。そこで僕たちは、肉体を持つ生身の人間ではなく、一つのコンテンツとして自身とその周辺を提供し、あるいはそういうものだとして消費している。
 それでも彼ら彼女らはやはり現実に生きる存在であることをやめられない。朝起きて(別に朝じゃなくてもいいのだが)、食事をし、学校に行ったり仕事をしたり引きこもったりして一日を過ごす。そこに真に劇的なことはめったに起こらず、その日常が特別な出来事となるのは語られるからでしかない。それが嘘であるか本当のことであるかは消費する側にとっても、あるいは語る側にとってもさして重要なことではない。
 そうして、コンテンツとしての自分と生身の自分を行き来する。
 ずぶずぶとつかり続けた生ぬるい湯はいつの間にか、ふと気づけば決定的に水にかわっている。花園シャトーは楽園のようでありながら、そこは冷めゆく浴槽でしかない。いつか抜けださねば、そこにとどまっていては崩壊を免れえない。
 その時を予感しながらも、僕らは真夜中から明け方へと移りかわる沈黙の中で、彼ら彼女らのサーカスを眺めながらひきつったような笑みを浮かべるのだ。

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