夏の塩

  • 『夏の塩』

  • 榎田ユウリ
  • 角川文庫
  • 562円(税込)
  • 2014年7月刊
  • 「魚住ってさ、どっか壊れちゃってんのよね」不幸な生い立ちと壊れた心を持つ美青年・魚住真澄と彼の周囲の人々の、喪ったり回復したりする様を描いた青春群像劇。

「人間」小説

推薦文No.14-2
中央大学 文学会

 人間の三大欲求とは「食欲」「性欲」「睡眠欲」である。
 本作『夏の塩』は主人公・久留米充のアパートに、友人・魚住真澄が転がり込んでくるところから始まる。魚住は男女問わず虜にするほどの美貌の持ち主だが、味覚障害、不能、睡眠が浅い―三大欲求が欠落している。加えて、孤児で養子先の家族もすべて亡くしている。
 物語は、久留米と魚住の同居の様子、隣人の留学生サリームや久留米の元恋人マリ、魚住の研究室のメンバーとの交流が主に描かれている。彼らは魚住との付き合いを続けているが二つのタイプに分かれる。一つ目は不運な生い立ちを背負う魚住の「不運さ」に惹かれるタイプである。二つ目は魚住の不運を気にしないタイプである。久留米だけが二つ目のタイプにあたる。魚住は久留米と交流するうちに、徐々に三大欲求を取り戻していく。
 しかし、その時久留米と魚住はそれぞれ「胸の痛み」を感じる。
 三大欲求が欠けた人に出会ったらどうするだろう。友人が大きな不運を抱えていたらどうするだろう。自分よりも哀れな人として扱い、世話をするだろうか。しかし、不運だと思っているのは自分だけで、当の本人は何とも思っていないかもしれない。また、他人に必要以上に同情されたり、助けられたりして、自分の主体性がなくなってしまったと感じた経験はないだろうか。
 魚住は自分を特別不幸だと思っていない。普通の人のように助けを求めたりしないのだ。そのせいか、冒頭から中盤にかけての、魚住の飄々とした様子は生きている人間のようには感じられない。魚住が久留米のもとへ転がり込んできたのは自分と同じように「不運を気にしない」という点を見抜いたからかもしれない。なるほど、久留米は確かに魚住を気にかけるが、魚住の過去や生い立ちに立ち入ろうとはしない。久留米にとって魚住は必要としている分だけ助ける存在なのだ。魚住は久留米と過ごすうちに、人間らしさを得ていく。魚住の生き生きとした様子の描写は目の前に彼が実在するかのように迫ってくる。
 その後、魚住が久留米に恋をしているような様子が見られる。初めての恋に戸惑う魚住の様子は、私たち大学生が一度は感じたことのある不安や情けなさとなんら変わらない。
 結末までの魚住の変化に驚かされる。読者と魚住の感覚の差は徐々に縮まるのである。魚住は私たちと同じ「人間」となったのである。
 読後には「自分は一つの人間である」と意識させられた。私にとってここまで人間らしさや生きている人間の様子を鮮明に描いた小説は『夏の塩』が初めてである。もしも、自分が生きている感覚が無いと感じたら本作を読んでほしい。悩んだり喜んだりする「生きている人間」魚住の姿は、自分が生きている感覚を思いださせてくれるだろう。

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