虚ろな十字架

  • 『虚ろな十字架』

  • 東野圭吾
  • 光文社
  • 1,620円(税込)
  • 2014年5月刊
  • 「死刑制度」。未だ存在の是非が問われるこの問題に対して東野圭吾は我々に一つのメッセージを投げかけた。罪を犯すこと、そして「償い」の在り方を描く珠玉のミステリー。

最優秀推薦文

償うべき人間は誰か

推薦文No.2-1
関西大学 現代文学研究部

 「誰かの命を奪うことで、人は何を奪われるだろう」
 これは、この作品が出版される際、宣伝に使用された言葉である。
 物語の中で、この答えが出されることはない。次々と解き明かされていく謎に対して、物語はあまりにも漠然としたラストを迎える。私には、この物語に登場する主人公たちが救われたかどうかさえわからなかった。
 最愛の娘を殺され、犯人の死刑を望んだ夫婦。もし死刑判決が下されなかったら、裁判所の前で一緒に死のう、彼らはそう約束した。娘が永遠に戻ってこないのならば、果たすべき目的は一つしかなかった。しかし、死刑執行の知らせを聞いた彼らは思い知る。加害者の死など通過点にすぎなかった。そこから何十年と続く悲しみは癒えることがなく、ゆっくりと遺族の精神を蝕んでいくのだ。恋人であれ、親子であれ、誰かを愛するという気持ちは人を幸福に導く。そして、その愛は奪われることによって憎しみへと姿を変え、やがて遺族を執念の渦に陥れる。本当にこれは同じベクトルの上で成り立つことなのか。
 また悲劇が起こった。今度は情状酌量の余地がある。死刑判決が出る可能性は低いと、最初からわかっている。それでもなお、遺族が要求を揺るがすことはなかった。法廷にただ一言「死刑」という言葉を響かせたいがために。

 この物語をどんな人に読んでほしいだろう。読み終えて本を閉じたとき、私は考えた。愛すべき子供を持つ人、心を許した恋人のいる人、淡い初恋を昨日のことのように思い出せる人......なにより、親の愛を知る全ての人々にとって、この物語は価値があるだろう。今、自分の手元にある愛がどれほど大切で、どれほど危険なものか、主人公たちは教えてくれる。
 「死刑は無力か」
 この問いに答えを出してみてほしい。YESとNOだけでは言い切れない複雑さも含めて、あなたにとって死刑とはどのようなものなのかを考えてみてほしい。そして、この物語と出会った時、あなたの考えは変わるだろうか。物語を通して、あなたは何かを得ただろうか。それとも何か失っただろうか。その胸に残されたほの暗い感情は、はたして愛なのだろうか。
 物語を読み終えた時、私の心を満たしたのは、表紙に写された樹海の静寂だった。

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