虚ろな十字架

  • 『虚ろな十字架』

  • 東野圭吾
  • 光文社
  • 1,620円(税込)
  • 2014年5月刊
  • 「死刑制度」。未だ存在の是非が問われるこの問題に対して東野圭吾は我々に一つのメッセージを投げかけた。罪を犯すこと、そして「償い」の在り方を描く珠玉のミステリー。

種明かし以上の謎と、謎以上の答え

推薦文No.2-2
立教大学 文藝思想研究会

 突然であるが、まず申し上げておかねばならないことがある。
 私は東野圭吾フリークではない、ということだ。
 更に言えばこの「虚ろな十字架」は私が初めて読んだ東野圭吾作品である。昔から「東野圭吾は有名なミステリー作家である」ということは知っていた。しかし私は自らの天邪鬼さゆえにあまりに人気過ぎる作家の本をあえて読もうとは思わなかったのである。
 そんな私が単行本であり、文庫本に比べ値の張るこの本を衝動買いした理由は一つしかない。装丁に一目惚れしたからである。苔むした樹海の写真に、白の華奢な文体で「東野圭吾 虚ろな十字架」と書かれていた。真っ黒な帯には金の文字で「死刑は無力だ」と書かれていた。「そうか無力なのか」と反射的に思った。思わされた。死刑廃止論者ではないのにも関わらず。引き込まれるような樹海の写真、白い文字に黒の帯、全てが美しく魅力的で、迫力と威厳に満ちていた。衝動的に頁を開いたが、こんな所で読むのは勿体ない、家へ帰って私の部屋でゆっくり読むべき本であると思った。しかし本の内容など確認しなくても良かったのである。この本をインテリアとして飾るだけでも買う価値があるのだから。
 けれども結果を報告すれば、この装丁すら本の引き立て役であったと言わざるを得ない。
 私はこの本をミステリー好きな人には勿論、そうでない人にも薦めたい。普段純文学を読んでいる人にも、ライトノベルを読んでいる人にも、全ての人に。文体は癖が無く、読みやすい。しかし味気なくはないのである。もっと、もっと、と読み進めたくなる文体である。文体に対して読んでいる間にケチをつけたくなるようなことは一度としてない。内容も読んでいてどこにもストレスを感じないくらい解かり易い。しかし単純ではない。途中まで読んでいてこれまでのあらすじを頭の中で組み立てようとすると、いくつにも話が枝分かれしていていかに複雑で重層的な文章だったかを思い知る。普段難しい本を読んでいる人は単純さに不満を持つことなく、新鮮な読みやすさを味わえるし、普段読みやすい本を読んでいる人は取っ付きにくさや読む面倒臭さを味わうことなく、複雑な内容への満足感を得ることが出来るのである。

 ある日主人公の中原は刑事から離婚した元妻が殺されたと電話で知らされた。中原は以前縁もゆかりもない強盗に娘を殺されており、それが離婚の原因だった。中原は刑事に「もし離婚していなかったら、私はまた遺族になるところだった」と言った。それがこの本の始まりである。事件に関わる全ての人が、それぞれの立場で死刑を考える。中原とは全然関係ない所で並行的に起こっているように見える事件も、いつしか複雑に絡みついてくるのである。

 ミステリーには謎がある。事件がある。それらには答えがなくてはならないし、読了後のすっきり感がなくてはならないし、それらはばっちり「虚ろな十字架」に期待して良いことなのである。その期待は決して裏切られることはないから、安心して読んで良いのだ。
 しかし「虚ろな十字架」はミステリーでありながら種明かしに重点を置いたただ楽しいだけの作品ではない。エンタメ的な読みやすさや面白さを併せ持ちつつも、その裏では綿密に計算された事件の展開に、問題提起に、重点が置かれた作品である。
 「死刑は無力だ」この帯の言葉の意味が小説の中で何度も問われる。死刑とは何なのか、誰に得なのか、どうすれば自分たちが報われるのか、大切な人が報われるのか。様々な角度から問われるこの言葉に、自らの視野の狭さを知る。
 本を読むのに格好をつける必要はない。有名な作家が有名であるのは面白いと思う人が多い結果である。読みもしないで読まない本リストになど入れないで、面白いかどうかは読んでから考えれば良いのだから。
 死刑は本当に無力なのか。
 読みながら隠された沢山の謎を解くうちに、自然とその答えが出ているはずである。

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