SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと

  • 『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』

  • チャールズ・ユウ
  • 早川書房
  • 1,728円(税込)
  • 2014年6月刊
  • 柔らかい語り口調ながらも突飛な世界観と難解な用語が絶妙な"分かり辛さ"を演出する個性派SF小説。じっくりと腰を据えて読みたい方にオススメの1冊。

タイムマシン、ここにあります。

推薦文No.3-1
四天王寺大学 文芸部

 SF小説黎明期より、ポピュラーガジェットとして広く親しまれてきたタイムマシン。誰しもが、タイムマシンに乗ってやり直したい過去に行ったり、未知の未来を見てみたいと考えた事があるはずだ。『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』は、そんなタイムマシンをめぐる物語だ。しかしながら、タイムマシンと聞くと我々が想像するような冒険活劇とは少し異なった様相を呈している。

 我々の居る世界とは違った、SF的な宇宙に住む主人公チャールズ・ユウは、タイムマシンの技術者をしている。SF的な宇宙では、タイムマシンは一般に浸透しておりその運用上でトラブルが発生した際に修理・サポートを行うのが彼の仕事だ。そんなユウはある日偶然、タイムマシンから出てくる未来の自分を目撃してしまい、とっさに撃ち殺してしまう。そこからユウは、脱出困難なタイムループに陥ってしまう......。

 このあらすじだけだと、王道時間SF作品ではないかという印象を受けるだろう。しかしこのループの中で描かれるのは、彼の内省と、彼の家族との関係の再構築の物語なのである。この点が、私が本作を大学生に推薦する重要なところとなっている。
 ユウの両親はそれぞれに問題を抱えており、ユウ自身もまた社会から隔絶された場所で生活を続けていた。しかし彼はループをきっかけに自分の過去に犯した過ちを、円満であったかつての家庭を見つめなおし、より良い未来を選びとることを決意するのだ。
 作中には派手なアクションシークエンスや異なった時間に飛んだ際のカルチャーショックのような楽しさは殆ど無い。しかしユウの人生を巡る旅は、共感と哀切で以て読者の心を強くうつ。

 ところでSF的な宇宙では、タイムマシンを構成するのには二つの要素があればそれで十分とされている。「(i) 記憶媒体の中で、前方と後方、二方向に動かすことのできる紙切れ。(ii)そいつが、叙述と、過去形の直接的な適用という二つの基本操作を果たせばよい。」という二点だ。一読しただけではピンと来ない表現かもしれないが端的に言ってしまうと、「本」という媒体はすなわちタイムマシンだということである。読書とは、本に叙述されていることを読み、経験することだ。仮に自分自身の伝記があったとして、過去に関する記述を読んでそれを経験できたなら、タイムスリップはなされるのだ。
 無論これはSF的な宇宙での理論であって、我々は本で時間を移動することはできない。しかし、無関係というわけでもないだろう。過去は体験できなくても、想起することは可能である。タイムマシンが無くても、ユウのように過去の失敗を省みることは誰にだって出来るのだ。或いはこういったほうが正しいのかもしれない。記憶もまた、タイムマシンなのである。
 過去に干渉することはできない。しかし記憶というタイムマシンには窓がついていて、そこから過去を見つめなおすことは出来る。過去は変えられなくても、過去から学び今を変えることは出来る。

 SFと聞くと荒唐無稽だと感じて忌避する人もいるかもしれないが、本作は我々の生きる世界と我々の心に深く寄り添ってくれる。前途のある大学生にこそ本作を読んで頂き、ユウが過去から何を学び如何な今を選んだのかを見届けてほしい。

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