SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと

  • 『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』

  • チャールズ・ユウ
  • 早川書房
  • 1,728円(税込)
  • 2014年6月刊
  • 柔らかい語り口調ながらも突飛な世界観と難解な用語が絶妙な"分かり辛さ"を演出する個性派SF小説。じっくりと腰を据えて読みたい方にオススメの1冊。

最優秀推薦文

時をかけない大学生

推薦文No.3-2
下関市立大学 文芸部

 タイムマシンに乗る典型的な顧客は「文字通り」、いつであろうと自分の行きたいいつかへ行く。最初に向かうところは大概どこだかおわかりだろうか。ちょっと考えてみて欲しい。考えるまでもなくその通り。人生で最も不幸だった日に、だ。

 誰しもが一度は口にしたことがある言葉。「もし、あのときに戻れたら」。古今東西、様々な作家によってこのテーマは書かれた。未来人は困窮した現状を打破すべく猫型ロボットを過去へと送る。男は自分の愛する女性を救うために何度もタイムループを繰り返す。
 一貫して語られるのは過去改変による現実の変化である。これらの話の大前提は現在の状況を変えることにある。彼らは嫌悪した瞬間へと飛んでいく。
 入学当初、大学構内をうろつく私の耳に至る所から聞こえたのは怨嗟の声だった。本当はもっと 良い大学に行けるだけの成績を持っていた。しかたなくこの大学を選ぶ羽目になった。去年の問題だったら本来の力を発揮できた。そして彼らは口を揃えて言う、センターをやりなおしたい、と。
 現状にコンプレックスを抱える大学生は多いのではないだろうか。成人式の後の同窓会に出席しなかった友人もいた。彼らの人生で最も不幸だった日はセンター入試だったのかもしれない。入学後、絶望して学校に来なくなった知人もいた。あの時にああすれば、という声は一年たった今でも耳にする。私たちの選択には後悔が常に付き纏う。最後に選択したのは自分であったとしても、後悔した日々を送る学生は多いに違いない。
 過去を変えることだけが「今」を救う手段なのだろうか。それが「SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと」によって語られる。
 主人公である「僕」はいつでも「あのとき」に戻ることができる。「僕」の鬱屈した人生はきっと過去を変えることによって救われるのだろう。何度も「僕」は過去改変の機会を得る。そして、「父」と「僕」が打ちのめされる瞬間に再び立ち会う。しかし、「僕」はそれを見守ることしかしない。後悔した「僕」によって書かれるのは「事実」の改変ではなく「自分」の再構築である。
 人生で最も不幸だった日を回避するため、過去を改変する作品は世の中に満ち溢れている。その系統の作品は多くの人に好まれ愛読されている。ループの中で糸口を掴みハッピーエンドに辿り着く。私の周囲も手放しの甘々なハッピーエンドを愛する友人が多い。後悔ばかりの私たちはフィクションのなかで救いを求めるからだ。この作品のエンディングはそのような単純明快なハッピーエンドとは言い難い。しかし、大きなコンプレックスを抱えている人こそ、この作品を読むべきである。「僕」と一緒に現実に打ちのめされて欲しい。受け入れてこそ見えるものもあるのだから。そして、読み終えた後、自分自身を抱きしめてほしい。自分の選択は間違っていなかったという言葉と共に。私たちは過去に戻れない。過去を振り返り、前進していくことしか出来ないのだから。

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