海賊とよばれた男(上・下)

  • 『海賊とよばれた男(上・下)』

  • 百田尚樹
  • 講談社文庫
  • 各810円(税込)
  • 2014年7月刊
  • 敗戦後の再生を図る石油会社、国岡商店。後のなくなった彼らは世界中を驚嘆させる策に出る――。戦後の大事件「日章丸事件」をモデルに書かれた感動超大作!

海賊と呼ぶ"べき"男たち

推薦文No.5-1
立教大学 文藝思想研究会

 「うん、一歩間違えればブラック企業だな!」
 この"海賊と呼ばれた男"を読み直したとき、私が出した結論である。少なくとも自分が国岡商店に就職したとして、一年持つかどうか怪しいところだ。主に体力的な意味で。
 こいついきなり作品にケチつけやがった、と眉をひそめる人がいるかもしれない。しかし考えてみて欲しい。戦後すぐのこととはいえ、ごく少量の油を採るためだけに暗くて臭くて嫌な熱気が立ち込める"タンク底"に好んで突入したい人間がそうそういるだろうか。まして、私のようなモヤシ代表選手が入ろうものなら死んでしまう。
 作中に登場する石油会社、国岡商店の無茶ぶりはこれだけに留まらない。海外に進出すれば他のライバル会社を文字通り押しのけて電撃的な売り込みを敢行し、国内においては大企業の封じ込め作戦をあの手この手ですり抜ける。国からの圧力だってお構いなし。正義は我らにありと堂々たる訴えをする主人公の豪胆ぶりには、呆れを通り越して感動すら覚える。重役はともかく平社員からすれば、いつ会社が潰されるか戦々恐々の思いでいたことは間違いないであろうが。物語の舞台が現代だったら、ネットでつるし上げにされてもおかしくない。「国岡商店 ブラック」で検索。
 とまあ散々なことを書き連ねてきたが、私は国岡商店とそのメンバー、ひいてはこの作品が嫌いなわけではない。むしろ、終始こんな調子だからこそ大好きである。我が儘勝手大いに結構。無茶ぶりしてでも国と社員のためになることをするんだ。。ゴーイングマイウェイの首魁、国岡鐵造は、言葉と態度でそれを主張し続ける。そうした結果が、先に挙げたような行動の数々である。どうだろう、一周回って痛快に感じてこないだろうか。もちろん、鐵造はその生き方でちゃんと確たる成果と名声も獲得している。理解者曰く、"武士"。敵対者曰く、"海賊"。物語本編をお読みいただければ、皆さま大いにうなずいてくれるであろう命名だ。
 どうせ褒めに回るのなら、わざわざ長い行を割いて作品を貶めるようなことを言わなくても良かったのかもしれないが、正直辟易していたのである。某サイトのレビューを読んでも、ネット上で個人が描いたブログを読んでも、鐵造と国岡商店のメンバーがずいぶんな無茶ぶりを強行している、という視点に立つことなく、この本がいかに素晴らしいかということを書き連ね、その生き方がただただカッコいいと褒めちぎっているものばかりであったから。
 たまに批判的なレビューを見かけても、「この話は盛り過ぎている」などと実話を基にしているとはいえ、フィクションに対しおよそ見当違いとも思えるものが多い。違う、そこだけではないだろう。彼らのデスパレートな一面に触れても良いではないか。この人たち、かなり尖がっているぞ。無茶な決定ばかりする社長も、それにガンガン答えていく社員も。確かに表現は美化されがちだが、実際にやっていることはえげつない部分もあるじゃないか。この作品随一の魅力はそこにありはしないか。清廉で気高いだけの人間の話が読みたいなら、小学校高学年向けの伝記でも読めばいいのだ。作者の百田尚樹氏がこの小説に熱を込めた理由がただ「美しい」「素晴らしい」と言われたいためだったとすれば、私としては余りに虚しい。
 というわけで、"海賊と呼ばれた男"には、泥臭くって血の通った人間たちの意地としたたかさがおよそ全編にわたって描かれている。当然、この本文中に挙げた事例以外にも、作中での彼らは色々とやらかしている。愚直な、しかし頭を使った無茶ぶりを。こんな推薦文だけではなく、本編そのものを見つめ続けていった時、あなたは納得するだろう。カッコいいとはこういうことだ、と。
それでもやっぱり、私自身は国岡商店に就職する気などないのだけれど。

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