降矢ななのスロヴァキア通信

中央ヨーロッパの小国、スロヴァキア共和国在住の絵本作家・降矢なな、初の月刊エッセイです。‘92年に同国のブラチスラヴァ美術大学へ留学して以来、紆余曲折を経て(笑)、現在はペジノックというワインの産地の街に、スロヴァキア人で画家の夫と7歳の娘と共に暮らしています。スロヴァキアからの便りをどうぞお楽しみください。

第21回 家庭菜園

青空市場
春先の青空市場の様子。まだ肌寒く、売られている野菜の種類はとても少ないです。

野菜の苗
売り出されている野菜の苗。

花の苗
花の苗もたくさん。

花の苗
こちらも花の苗。

チューリップを売るおばあさん
自分で育てたチューリップを売りに来ていたおばあさん。花を売っているおばあさんは何人もいて、きっと良い小遣い稼ぎになるのでしょう。

市場の片隅
市場の片隅では、じゅうたんやほうきも売られていました。

我が家の家庭菜園
7月の我が家の家庭菜園。トマトも順調に育っています。

我が家の温室
我が家の温室。

ジャングルのよう
中には、トマト、日本のキュウリとナス、パプリカでジャングルのようです。中に入るとサウナ状態。

カボチャ
元気に葉を広げるカボチャ。数年前に日本の知り合いからもらった栗カボチャの種が、毎年スロヴァキアで実を結んでいます。

カボチャ
カボチャはこうやってあちこちに伸びて行くのです。油断していると他の野菜を覆いつくしてしまいます。

私がスロヴァキアに留学して1年目の夏、大学の友人に誘われて彼女の家に泊りがけで遊びにいった。ブラチスラヴァから電車で3時間ほどの中央スロヴァキアの小さな町に、彼女は両親と二人の弟と暮らしていた。庭付きの一軒家。両親共働きのサラリーマン家庭である。100坪ほどの庭には、洋ナシやリンゴの木がたくさんの実をつけて立ち、地面には、ニンジン、トマト、パプリカ、コールラブ、インゲン豆などさまざまな野菜が行儀よく植えられていた。野菜の列の間には、食用のケシも大きな花を咲かせている。友人は、ごく自然にキュウリの実をもぐと、1本かじりながら、もう1本を私にもすすめてくれた。

驚いたことに、近所の街まで通勤している彼女のお父さんは、朝6時前には家を出て、午後3時過ぎには帰宅すると、ほとんど休むことなく庭で野菜の手入れをし始める。当時のスロヴァキアでは、社会主義時代の勤務体制がまだつづいていて、残業はほとんど無く、早朝出勤すれば午後早くには家に戻ることができた。夕方の時間をたっぷり家庭のために使うことができる。夏のヨーロッパは日の暮れるのが遅く10時近くまで外は明るい。お父さんが普通の日の夕方、自宅の庭で野菜の手入れをしている。日本人の私にとって信じ難い光景だったが、彼女の家だけが特別なのではなく、それは当時のスロヴァキアでは普通の暮らしだった。

それから15年以上が過ぎたスロヴァキアでは、そのような牧歌的なライフスタイルは昔話になってしまった。とは言っても、日本に比べればまだまだのんびりしている。

今日でもスロヴァキア人にとって家庭菜園を持つことは生活の大切な一部である。庭のある家では庭に、団地暮らしなら街のはずれに菜園用の土地を持つ。そこに果物の木を植え、野菜や花を育て自分たちの生活をうるおすのだ。

春になると街の青空市場には、野菜よりも花や野菜の苗が多く売り出される。人々はトマトやパプリカの苗を20本、30本と買っていく。夫・ペテルの母は、いつも前の年に食べた実の中で味のよかったものの種をとっておいて、種から自分で苗を育てている。春先になると、ヨーグルトやサワークリームの空容器に土を入れ、種を撒いて、部屋の暖かい場所に置いておくのだ。

しかしながら、年々若い世代の家庭菜園への執着は薄れてきているのも現実だ。勤務時間の問題、土地の価格の上昇、輸入野菜の増加で季節に関係なく野菜が買える、菜園に費やす時間を他のレジャーで楽しみたい・・・・。

私たちがペジノクの街に中古の家を買ったばかりの時、田舎の義母が電話をかけてきた。「庭はどんなか。どんな木が植わっているのか。1日も早く果物の木を植えなさい。」と。中古の家は改築が必要で住む予定もまだ先のだったので、庭のことなど何も考えてもいなかった私は面食らってしまった。それだけではない。春先になると今度は「土地があるのだから野菜を植えなさい」と電話がかかってきた。ペジノクの土地は当時暮らしていた団地から車で1時間はかかる。まだ改築も始めていない土地の片隅に植えた野菜の世話をいったい誰がやると思っているのだろう。庭のことばかり言う義母に、私は少々腹を立ててしまった。しかし、義母にしてみれば、野菜が育つ土地があるのに何も植えないことの方が信じ難かったにちがいない。

義父母の子どもたちはもうすでに結婚して、それぞれ別の街で暮らしている。長男と長女は団地暮らし。次女は一軒家だがタトラ山脈に近い高地で暮らしているため、桃やプルーンは育てられない。そんな子どもたちのために、義父母は自分たちの庭や畑に毎年たくさんの野菜を育てる。二人は専業農家ではない。

実のできる季節になると子どもたちが家族連れでやってきて、収穫し、持って帰る。必要ならば、義母といっしょにジャムやビン詰めを作って、自分たちの分を持って帰る。
義父母にとって、子どもや孫に何か与えられることが大きな喜びのようだ。実際、育ち盛りの子どもたちを抱えた義兄姉たちは、義父母の菜園にどれだけ助けられているだろう。特に姉二人は、小さい頃から慣れ親しんだ親の味をそのまま今の家庭の食卓で活用できるのだから、貰っていく量も半端ではない。もちろん私たちも田舎へ行くたびにたくさん分けてもらった。プルーンのシロップ漬け、あんずのジャム、ピクルス、箱一杯のリンゴ、洋ナシ・・・・。

私が小さかった頃、毎年家には父方の田舎・山梨の祖父から桃やブドウがたくさん送られてきていた。酒好きの父のためには、一升瓶ワインが6本ずつ木箱に入って、どん、どん、と届いた。祖父の手作りの白桃シロップ煮のビン詰め。皮をむき二つ割りで種を抜かれた白桃がトロリとした蜜にからまっていた。

当時はそれが当たり前で、小さかった私は「巨峰のほうが甘くておいしいから、マスカットは嫌い」なんてセレブなことをのたまっていた。それが、祖父が年をとり、病気になり、亡くなり、すべて過去の話になってしまった。今では祖父の住んでいた家は売却され、私はもう子どもの頃走り回っていたブドウ棚の下に立つことすらできない。はじめて果物屋で巨峰や白桃の値段を見たときは、心底びっくりした。

ペジノクに引っ越してきて、そろそろ5年になる。義母にせっつかれて始めた家庭菜園も年々充実度を増してきている。今年は温室まで建ててしまい、キュウリがおそろしい勢いで育っている。

私はペジノクに住むまで、画家の夫がこんなに畑に熱心な人とは思ってもみなかった。彼の毎朝の楽しみは、朝食後コーヒーカップを片手にゆっくりと庭の野菜を見てまわることだそうだ。驚きだ。庭に空いている場所があると、彼はどんどん野菜を植えていってしまう。私はひたすら雑草を抜き、ウサギに与え、トマトの一本立ち貫徹をめざして50本以上あるトマトを点検しまわっている。畑に出ると2~3時間があっという間に過ぎてしまう。こんなことでは絵本が描けないよ・・・。

私は、けして畑仕事や園芸に向いている人間ではない。植物よりダイレクトに反応のある動物の方がずっと好きだ。しかし、育て上げた新鮮で安全な野菜をかみしめるたびに、その味の良さに感動する。私は食いしん坊だから、文句を言いながらも夫といっしょに野菜の世話をし、保存食作りを続けていくだろうな。

目に前で育っていくものを頂く時、自分を含めての命の循環を感じると言ったらよいのだろうか、買ったものを使い捨てする事とまったく逆の意識が、芽生え育っていく気がする。その感覚は大切にしていきたいと思うのだ。

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降矢なな(NANA FURIYA)

1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学にてドゥシャン・カーライ教授に師事。石版画を学ぶ。主な絵本に「めっきらもっきらどおんどん」「ちょろりんのすてきなセーター」「ちょろりんととっけー」「きょだいなきょだいな」「おっきょちゃんとかっぱ」「あいうえおうた」「ねえ、どっちがすき?」「まゆとおに」「まゆとりゅう」(以上福音館書店)、「赤いくつ」(女子パウロ会)、「おれたち ともだち!」シリーズ…9月に最新刊「きになるともだち」刊行(偕成社)、など多数。

降矢なな作品コレクション

  • ともだちおまじない
    『ともだちおまじない』
    文/内田 麟太郎
    絵/降矢 なな
    1,260円(偕成社)
  • めっきらもっきらどおんどん
    『めっきらもっきらどおんどん』
    作/長谷川摂子
    画/ふりやなな
    840円(福音館書店)
  • ともだちや
    『ともだちや』
    作/内田麟太郎
    画/降矢なな
    1,050円(偕成社)

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