降矢ななのスロヴァキア通信

中央ヨーロッパの小国、スロヴァキア共和国在住の絵本作家・降矢なな、初の月刊エッセイです。‘92年に同国のブラチスラヴァ美術大学へ留学して以来、紆余曲折を経て(笑)、現在はペジノックというワインの産地の街に、スロヴァキア人で画家の夫と7歳の娘と共に暮らしています。スロヴァキアからの便りをどうぞお楽しみください。

第1回 きつね女房

こんにちは!降矢ななです。

氷の上

11月初めの祝日に東スロヴァキアにある夫の田舎へ行きました。途中一休みした公園の中。水たまりにはった氷の上で遊ぶ我が娘です。

はじめまして、と言った方が良いのでしょうね。今このコラムを開いてくださっている皆さんは、きっとどこかで私の絵本を1冊くらいは読んだことがあるのでしょう。でも、降矢ななのこと...例えば、スロヴァキア共和国ってどんな国なのか、そこで私がどんな暮らしをして、どんな風に絵本を作っているのか、 etc、まったく知らない方がほとんどなのだと思います。そんな日本の絵本好きの皆さんに少しでもこちらの生活を知ってもらいたくて、私の"スロヴァキア通信"を発信することにしました。書きなれない文章や、便りの執筆と発信の時差による歳時記のズレ、などに戸惑われることも多々あると思いますが、どうぞ 大目に見てやってください。

ところで第1回めのタイトルですが、なぜ"きつね女房"なのか?
私のスロヴァキア生活も来年で15年近くなります。この国の大学を卒業して、こちらの人と結婚して、夫の母をママと呼び、娘は日本語よりスロヴァキア語の方が達者で、去年引っ越してきたこの街の生活に安らぎも感じています。

だけど...私はけしてスロヴァキア人にはなれません。
もちろん国際結婚により外国籍を得ることは可能です。でも、そんな形式上のことではなくて、もっと心の奥深くにあるもの。スロヴァキア生活が長くなるほど、私は自分の「根っこ」を強く意識するようになりました。

娘が4歳になった時、私達は娘をはじめて日本へ連れていきました。そして夫と娘を先にスロヴァキアへ帰し、約1ヵ月遅れで私がスロヴァキアへ戻った時のこと。夫と共に空港へ迎えにきてくれた娘が私を見つけて駆け寄ってきました。その娘が開口一番言ったことばが「ママ、すっかり日本人に見えるよ」でした。 ドキッ!

祖母と

夫と義父方の祖母と娘。祖母は87歳で一人暮らしをしています。

それまで娘にとって、ママはママで、お父さんや友達と違う人種なんて気がつくこともなかったのでしょう。その時の娘は、かかの尻尾を見つけたててっこう じのような無邪気な発見をしたわけです。日本人と見破られた私は空港でクルッときびすを返して...なんてことはありませんが、内心かなり複雑な思いでした。 人間の暮らしを営みながらきつね女房は何度も、自分が異類であること、人とは違う根っこを持っていることを感じていたのだろう...と思うのです。

お話の最後、彼女は夫と息子に「真っ白い米をざらんざらん」残して、狐の世界へ戻っていってしまいましたが、私のスロヴァキア暮らしはまだまだ続きます。きつね女房・降矢ななは夫と娘と共にここで何を生み出せるのでしょうか?真っ白い米をざらんざらん?そうそう、夫がよく私にこぼすのです、食事の時にもっとジャガイモが食べたいって。お米のご飯ばかりじゃなく。

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降矢なな(NANA FURIYA)

1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学にてドゥシャン・カーライ教授に師事。石版画を学ぶ。主な絵本に「めっきらもっきらどおんどん」「ちょろりんのすてきなセーター」「ちょろりんととっけー」「きょだいなきょだいな」「おっきょちゃんとかっぱ」「あいうえおうた」「ねえ、どっちがすき?」「まゆとおに」「まゆとりゅう」(以上福音館書店)、「赤いくつ」(女子パウロ会)、「おれたち ともだち!」シリーズ…9月に最新刊「きになるともだち」刊行(偕成社)、など多数。

降矢なな作品コレクション

  • ともだちおまじない
    『ともだちおまじない』
    文/内田 麟太郎
    絵/降矢 なな
    1,260円(偕成社)
  • めっきらもっきらどおんどん
    『めっきらもっきらどおんどん』
    作/長谷川摂子
    画/ふりやなな
    840円(福音館書店)
  • ともだちや
    『ともだちや』
    作/内田麟太郎
    画/降矢なな
    1,050円(偕成社)

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