降矢ななのスロヴァキア通信

中央ヨーロッパの小国、スロヴァキア共和国在住の絵本作家・降矢なな、初の月刊エッセイです。‘92年に同国のブラチスラヴァ美術大学へ留学して以来、紆余曲折を経て(笑)、現在はペジノックというワインの産地の街に、スロヴァキア人で画家の夫と7歳の娘と共に暮らしています。スロヴァキアからの便りをどうぞお楽しみください。

第3回 おっきょちゃんのおみちびき

こんにちは!降矢ななです。

私のスロヴァキア暮らしももう15年近くなりますが、今でも慣れずに気が滅入ってしまうのが「冬」です。夏と冬の日没時間の差がはげしく(夏・冬時間の影響もありますが)、夏場は夜の10時ちかくまで明るく、冬至のころは午後4時には真っ暗です。その上日中気温が-8℃なんてざら。東京生まれで寒がりの 私などは、一日中家の中にこもってしまう不健康な生活をついつい送ってしまいます。

雪の無い冬

今期の冬はちょっと変です。まったく雪の降る気配なし。アトリエの窓から見える風景は春先のようです。

そんな私の実感は、厳しい冬に必要なのは、クリスマスとシルベスター(大晦日)。スロヴァキアの人々はクリスマス休暇を楽しみに冬の 前半を乗り越え、後半は春を待ちわびながら乗り切るのです。クリスマス期間は1月6日(三聖王祭)まで続き、ツリーもその日まで飾られています。以前暮らしていた団地では、7日以降になると役目を終えたクリスマスツリーたちがゴミ集積所にゴロンと捨てられていて、なんとも哀れな気持ちになったものです。でも日本から来た私には、年が明けてもクリスマスを祝っていられることは、とても新鮮なことでした。

2006年の大晦日を私たちは、同じペジノックに住む版画家・イゴールさんの家に招かれ過ごしました。彼は街の中心にある公園のとなりにある新築一軒家に住んでいます。実は今から10数年前、私は1年間そこに住んでいたことがあるのです。当時はまだ古い平屋でしたが。

留学したてのころ、私はドナウ河沿いにあるドゥルジュバという名(友情・親交という意味)の外国人留学生寮に住んでいました。寮は3 人部屋2つにに対し、電気コンロ1つ、小さな冷蔵庫(米国人留学生がコーラの大瓶1本入れたらもう一杯!)のある台所(?)と、シャワー・トイレが付く造りで、しかも様々な国からの学生たちが出たり入ったり。ドゥルジュバ的には申し分なかったのですが、とても心の安静など望めない状態でした。

そんな中、私は日本から持ってきた仕事、1冊の絵本を仕上げなければなりませんでした。大学のアトリエで絵本の仕事をするのはためらわれ、途方にくれていた時助け舟を出してくれたのが、当時美大で人体デッサンを教えていたイゴールさんでした。彼自身は奥さんとふたりペジノックのアパートで暮らしていまし たが、その近所に空き家を一軒持っていたのです。

霧氷

エッ、雪?!......ではなくて霧氷です。前の晩に出た深い霧が草木に凍りつき、真っ白な風景を作り上げました。とても可憐で美しいですが、ほんとうの雪も降って欲しい。

古いその家にはガスコンロや水洗トイレは整っていましたが、台所は土間、お風呂場にはバスタブはあるものの湯沸かし器はついていません。でもその時の私には、漆喰塗りの厚い壁、崩れそうな瓦屋根、小さな窓のついた12畳くらいの板の間が、特別秘密基地のように見えたのです。借りることがきまり、さっそく部屋のドアに好きなポスターを貼り、誰気がねなくラジカセのボリュームを上げると、たったひとりのための空気が体中にしみ込んできました。窓辺に木の机を置き椅子にすわると、窓から公園の樹木、そして隣家の庭に生えている大きなクルミの樹が見えました。嬉しいおまけは、公園からその樹にやってくる赤リスでした。フサフサの尻尾を上下させて幹から枝へと動き回るオレンジ色の元気者に見とれたものです。

その秘密基地で描いた絵本が「おっきょちゃんとかっぱ」です。スロヴァキア生活にどっぷり浸かり込んでいた当時の私は、生意気にも 「スロヴァキアに来て何で浴衣の女の子を描いているんだ?」とジレンマ一杯でした。でも今思うと、スロヴァキアという異国へ飛び込んだ私がそこで最初に描いた絵本が、かっぱという異類の国へみちびかれたおっきょちゃんの話だったというのは、何か因縁めいていて不思議な気持ちです。また、今私がペジノックに住んでいるのだって、あの時必要に迫られ借りた古い家での生活が印象深くて、それ以来ずっと「またペジノックで暮らしたい」と思い続けていたからです。 おっきょちゃん......、それともかっぱのお導きでしょうか?

ガラス細工のよう

霧氷は木の枝の先までびっしりつきます。精巧なガラス細工のように見えます。

古い家でおっきょちゃんを描きながら私は、その年のクリスマス、大晦日をひとりで過ごしました。正直、寂しい気持ちもあったのです が、そういう健気な自分にひとりで酔ってもいたのですね、今から思うと恥ずかしい。ラジカセから新しい年を迎えるカウントダウンが流れ年が明けたとたん、近所の家々から打ち上げ花火の破裂音と空気をつんざく音が響いてきました。絵を描いていた私は居ても立ってもいられず、上着を引っ掛けると雪の積った庭に 出て夜空を見上げました。鼻と耳をじんじんさせながら...。

そして2006年の大晦日。私は夫の運転する車に乗って、娘とともにイゴールさんの家にでかけました。真夜中のカウントダウンのあ と、彼の家の庭に出て待望の打ち上げ花火です。はしゃいで庭を駆け回る子ども達に私は「花火に近づかないで!」と叫びながら、ふと横を見上げると......あの時と変わらず、クルミの樹は夜空に枝を広げ、静かに佇んでいたのでした。

それでは、新しい年もどうぞよろしくお願いいたします!

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降矢なな(NANA FURIYA)

1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学にてドゥシャン・カーライ教授に師事。石版画を学ぶ。主な絵本に「めっきらもっきらどおんどん」「ちょろりんのすてきなセーター」「ちょろりんととっけー」「きょだいなきょだいな」「おっきょちゃんとかっぱ」「あいうえおうた」「ねえ、どっちがすき?」「まゆとおに」「まゆとりゅう」(以上福音館書店)、「赤いくつ」(女子パウロ会)、「おれたち ともだち!」シリーズ…9月に最新刊「きになるともだち」刊行(偕成社)、など多数。

降矢なな作品コレクション

  • ともだちおまじない
    『ともだちおまじない』
    文/内田 麟太郎
    絵/降矢 なな
    1,260円(偕成社)
  • めっきらもっきらどおんどん
    『めっきらもっきらどおんどん』
    作/長谷川摂子
    画/ふりやなな
    840円(福音館書店)
  • ともだちや
    『ともだちや』
    作/内田麟太郎
    画/降矢なな
    1,050円(偕成社)

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