降矢ななのスロヴァキア通信

中央ヨーロッパの小国、スロヴァキア共和国在住の絵本作家・降矢なな、初の月刊エッセイです。‘92年に同国のブラチスラヴァ美術大学へ留学して以来、紆余曲折を経て(笑)、現在はペジノックというワインの産地の街に、スロヴァキア人で画家の夫と7歳の娘と共に暮らしています。スロヴァキアからの便りをどうぞお楽しみください。

第4回 恐怖の理由

「日本語をしゃべる機会とかあるの?」。私は日本の友人たちによくこう聞かれます。みんな、スロヴァキアに住む私がここの生活にどっぷり浸り込んで、現地の言葉を自由自在に操り、スロヴァキア人相手に丁々発止と暮らしているように見えるみたいです。

そんなことありません。相変わらず私のスロヴァキア語はへたくそだし、ペジノックに住む日本人の友だちと気晴らしのおしゃべりもするし、自宅の本棚には日本語の本がズラリ並んでいます。日本から定期購読している雑誌もあります。

クロッカス

去年秋、娘が庭に植えたクロッカスが蕾をふくらませています。こういう自然の営みを見ていると、私には、キリスト教よりアニミズムとか八百萬の神のほうが、身近に感じられてしまうのです。


その中の1冊「飛ぶ教室」(光村図書)の連載"スクリーンのなかの子ども"(四方田犬彦・著)は今回(2007年冬号)、「エクソシスト」がテーマでした。

私は「エクソシスト」が異常なくらい恐いのです。日本でこの映画が公開されヒットした'73年、私は12歳でした。当時愛読していたマンガ雑誌の1ページにその映画広告は出ていました。ページをめくっていた私の目に突然、白目むき出し、顔は傷だらけの(ように見えた)少女の顔が飛び込んできて、あわててページを閉じたのにもかかわらず、その画は衝撃的で、私の脳裏にしっかりと焼きついてしまいました。私はその雑誌を捨てました。なのに、当時ラジオではあのリピート調のサウンドトラックがしつこく流されるし、耳に入ってくる様々な映画のエピソードは、恐怖の映像を私の中で増殖させ、その後何年も夜になると その画像を思い出し、びくびくしていました。とにかく私には、痛ましく作り変えられた少女(子ども)の顔は、強い生理的恐怖以外の何ものでもありませんで した。

私が美大の留学生だったころ学期末の作品展示に、ひとりの学生が写真や雑誌の切り抜きにペインティングしたものを発表しました。その中に子どもの写真が数枚ありました。写真の中の子どもは、絵筆によって痛めつけられていました。教授たちが与えた作品としての評価は高かったそうです。でも私はそれを冷静に眺めることができず、担当教授のカーライ先生に「なぜ、こんなものが作品として認められるのですか?!」と疑問をぶつてしまいました。残念ながら、その時の先生の答えは私を納得させてくれるものではなく、私のほうにも喰い下がってまで議論できる理論がありませんでした。新しい技法、新しい視点、新しい解釈......、芸術を生み出す要素はいろいろある、とわかっているつもりですが、それでもやはり越えてはならない一線はあると思うのです。

12歳のときのトラウマから30年以上も経った、しかもスロヴァキアで「飛ぶ教室」の中に、その少女の顔を見つけることになるなんて!

私は思わず「うわっ!」と叫んで(けして大袈裟ではなく)雑誌をバンッと閉じたのです。食卓にすわっていた夫と娘がびっくりしてこちらを見ていました。

恐怖の写真にシールを

恐怖の写真にシールを貼って、夫が描いてくれた絵。これなら夜中に思い出しても大丈夫でしょう。

ホラー映画についての話は、以前夫としたことがあって、私が「エクソシスト」恐怖症なのを彼は知っています。夫はホラーやサスペンス映画で観客の恐怖心をあおる特撮やメイクをまったく怖いとは思わないし、むしろ滑稽で笑えてしまうと言います。それよりも、そういう映画の根底に流れる、キリスト教的世界観、善と悪、神と悪魔による二極化の世界観に強い嫌悪を感じ、観ていられないのだそうです。

夫は無宗教です。義母は敬虔なカソリック信者で、彼はそんな義母をよく泣かせています(ちょっとこれは大袈裟)。私と結婚した理由のひとつが、私がクリスチャンではないことだったそうです。「私は八百萬の神を信じてる。台所にもトイレにも神様はいるんだよ」と私が言うと「それ、いいねえ!」と彼は大笑い していました。

私が差し出した「飛ぶ教室」の写真を夫はしばらくながめていましたが、やにわに、雑誌と同時に届いた航空会社からのダイレクトメールの中にあったシールを取り出し、ペタンと少女の顔の上に貼ると、マジックペンでへろへろとまったく違う顔を描いてくれました。
「これで、大丈夫でしょ」。

おかげさまで、私はその記事を何度もくりかえし読むことができました。私の恐怖の理由に納得できる答えを、30年以上たってやっと与えてもらった気がします。
よかったら皆さんも「飛ぶ教室・'07冬号」を読んでみてください。

バケネコはちっともこわくないんですよね

« 前のページ | 降矢ななのスロヴァキア通信 TOP | 一覧| 次のページ »

降矢なな(NANA FURIYA)

1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学にてドゥシャン・カーライ教授に師事。石版画を学ぶ。主な絵本に「めっきらもっきらどおんどん」「ちょろりんのすてきなセーター」「ちょろりんととっけー」「きょだいなきょだいな」「おっきょちゃんとかっぱ」「あいうえおうた」「ねえ、どっちがすき?」「まゆとおに」「まゆとりゅう」(以上福音館書店)、「赤いくつ」(女子パウロ会)、「おれたち ともだち!」シリーズ…9月に最新刊「きになるともだち」刊行(偕成社)、など多数。

降矢なな作品コレクション

  • ともだちおまじない
    『ともだちおまじない』
    文/内田 麟太郎
    絵/降矢 なな
    1,260円(偕成社)
  • めっきらもっきらどおんどん
    『めっきらもっきらどおんどん』
    作/長谷川摂子
    画/ふりやなな
    840円(福音館書店)
  • ともだちや
    『ともだちや』
    作/内田麟太郎
    画/降矢なな
    1,050円(偕成社)

定期購読・バックナンバー

雑誌購読はインターネットで簡単にお申し込みいただけます。

定期購読申し込み

ページの先頭へ戻る