降矢ななのスロヴァキア通信

中央ヨーロッパの小国、スロヴァキア共和国在住の絵本作家・降矢なな、初の月刊エッセイです。‘92年に同国のブラチスラヴァ美術大学へ留学して以来、紆余曲折を経て(笑)、現在はペジノックというワインの産地の街に、スロヴァキア人で画家の夫と7歳の娘と共に暮らしています。スロヴァキアからの便りをどうぞお楽しみください。

第7回 恋の季節

コロバーチ
2mのコロバーチを持ってシバチカに来てくれた少年たち。

マーヤの準備
夕方、出先から帰ってきたら、教会の前でマーヤの準備が始まっていました。

木柱の準備
木柱は先端のみ残し、枝を落とし皮を剥ぎます。飾りを巻きつける輪を付けているところ。

マーヤ
今年のマーヤは高さ25.5mあるそうです。

土台
コンクリートの土台。4月10日に作られました。この穴に差し込むのです。

飾られたマーヤ
葉っぱや紙テープ、国旗で飾りつけられたマーヤ。

近所の人々
近所の人々が集まってきました。

マーヤを持ち上げます
クレーンがマーヤを少しずつ持ち上げていきます。

クラリネット吹きとアコーディオン弾き
クラリネット吹きとアコーディオン弾き。

マーヤを土台に
マーヤの根元を土台の穴へ誘導していきます。皆が緊張して見守っています。

マーヤが立ち上がりました
上手く穴にはまって、マーヤが完全に立ち上がりました!。

無事作業完了
木の楔が打ち込まれ、無事作業完了。

マーヤの紙テープと子どもたち
風にふかれて飛んできたマーヤの紙テープを拾って遊ぶ七海子と友だち。

「あらわになった女性の胸の谷間に今年もまた春の訪れを実感する」とのたまう友人(在スロ邦人・男性)の言葉もあながち大袈裟ではなく、スロヴァキアでは復活祭のあたりから街のあちこちで、露出度のかなり高い服を着用する女性たちが目立つようになります。スロヴァキアに来たばかりのころ、私は春の街を歩きながら「恋の季節は何も猫や小鳥たちのためにだけあるのではないんだ。人間だって生物さ」と真面目に感動したものです。

前回のつづき。「プリエヴァチカ」とは水をかけること、「シバチカ」とは鞭打つという意味です。

復活祭の月曜日、朝から男たちは柳の枝を編んで作った鞭(KORBAC・コロバーチ)を手に、知り合いの女性の家を訪ね歩いては、彼女たちに水をかけ、お尻を鞭でピシピシたたいて回ります。そうされた女性は一年間健やかに過ごせると伝えられています。このコラムのタイトルイラストの狐が持っているのがその鞭です。既婚・年齢まったく関係ない風習ですが、チェコスロヴァキアの古い映画には時々こんなシーンが登場します。ほっぺたを真っ赤にし息を切らして逃げ回る民族衣装の村娘を若者が取り押さえ、木桶の水をザバーッ。娘の悲鳴がいつしか笑い声に変わって、二人はじっと見つめあう......。

我が家の一人娘のところにも初々しい少年二人が2mもあるコロバーチを肩に、お父さんとやってきました。残念ながら水を入れたペットボトルは前の家に忘れてきてしまったとか。それで七海子と私は三人からシバチカだけ受けました。
シバチカをしながら彼らはこんなはやし歌を唄います。

" シビ リビ
マスネー リビ
オド コロバーチャ
クス コラーチャ
エシュチェ ク トム グロシャ
ウシュ イエ トホ ドスチ "
*訳:むちうて さかな
あぶらののった さかな
コロバーチから
おかしが ひとかけ
コインも いちまい
もう それでじゅうぶん

私たちは少年たちにお駄賃のチョコレート卵と50コルナ(約250円)を渡してやりました。大人の男性には強いお酒がふるまわれます。行く先々でふるまわれるので大人は酔っぱらい、少年たちの懐はこの日いちにちで結構ふくらむのです。

毎年5月1日には"Maja"(マーヤ)という背の高い木柱が、街の中心に立てられます。マーヤの語源は英語やスロヴァキア語の5月と同じく、ラテン語のMaia(繁殖、成長の女神の名)から来ています。これは昔4月30日の夜中、未婚の若者が好きな女の子の住む庭にプロポーズの意味を込めて、そっと白樺の木の棒を立てたならわしから生まれた伝統行事です。
この棒の意味も地方によって少しずつ違います。

ペジノックでは棒を立てることは求婚を意味し、受けとった娘はその年の12月までに結婚する決まりだったそうです。ペテルの田舎では「好き!」くらい。だから、村の女の子たちが皆ハッピーになれるよう"青年団"が打ち合わせて夜中に棒を立てて回ったり(義父談)......、抜けがけ防止の意味もあったのでは(奈々想)......。自分の娘のところに棒が一本も立たないのは可愛そう、とお父さんがそっと立てておく......、そんな義理チョコみたいな話もあります。

4月30日の夕方、近所の教会の前でマーヤの準備が始まりました。ペテルの田舎では白樺の木を立てるのですが、ペジノックでは、まっすぐに高く伸びる針葉樹の木が使われていました。

準備をするのはすべて男の人たちです。美しい若者期をとっくに過ぎた屈強なおじさんたちが木柱の周りで立ち働いていると、幼馴染らしいおばさんが茶々を入れ手を貸そうとします。「じゃま、じゃま。女の子が手伝っちゃダメなんだよ」と追い払われていました。

飾りつけられたマーヤを立てるためにクレーン車がやってきました。昔はすべて人の手だけで立てられていたそうです。何脚ものはしごで木柱を前後左右から支えるようにして立ち上げるのです。しかもそれは夜中に行われていたそうです。

近所の人々が見守る中、ワイヤーのとり付けられたマーヤが少しずつ立ち上がっていきます。景気づけにおなかの出たクラリネット吹きと髭のアコーディオン弾きが、半分酔っぱらって歌っています。男たちはこの作業をお酒を飲み飲みしているのですからちょっと怖いです。柱の根元を数人の男たちが抱えるように注意深くコンクリートの土台の穴へ誘導、差し込んでいきます。上手くはまるやいなや、木の楔を何本も柱と穴のすき間の打ち込み、しっかり固定。楔を葉つきの枝でおおい隠して、無事作業完了です。

無事マーヤを立ち上げたお祝いに、その晩教会の裏にある野外バーはワインの無料サービスです。我が家の隣に住むアグネシュカお婆さんに誘われて、ペテルと私、そしてその日ボローニャの絵本見本市からプラハ経由で遊びにきていた編集者Sさんは、地域の人々が集うバーに入っていきました。アグネシュカさんは生まれた時からここにずっと住んでいます。私たちに「すわって待ってな」と言うと彼女はカウンターから一本白ワインとグラスを4つとってきて、祝い酒を振舞ってくれました。

白髪頭にパーマ。太った体をゆっくり動かしながら、よく庭のブドウを手入れしているアグネシュカさん。庭仕事の合間、鋤に寄りかかってタバコを一服している姿を見たことがあります。お連れ合いは病気で亡くされたそうです。

ワイン片手に友だちと軽口をたたき合っているその姿を見ながら、私は彼女の娘時代の顔を思いおこそうとしてみました。......無理でした。 でも、このバーにはもしかしたらアグネシュカさんのクラスメート、ほのかな恋心で彼女を見つめていた誰かが座っているかもしれない......。そう思う私の目に、人力だけで立ち上がったマーヤを見つめるアグネシュカさんのほっそりとした後姿が、確かに浮かんでくるのでした。

■「権兵衛狸」のお知らせ
「てれび絵本」(NHK教育テレビ/月~金/朝7:25~7:30)、『えほん寄席』シリーズの1本の作画を私が担当しました。ぜひご覧ください!

【おまけ】
4月5日にペジノックで消防祭が開かれました。昔の消防団の様子を撮影することができたので、おまけに付けます。

消防団長さん 消防団長さん。ヘルメットに付いた房は、お祭りの時は白、火を消しに行く時は赤と取り替えるそうです。
馬車式の消化ポンプ 消火ポンプ。馬車式です。
ブラスバンド クラッシック・カーに乗ったブラスバンド。
消防の旗。消防の神様。 消防団の旗。消防の神様、聖フローリアンの絵がついた緑。
スロヴァキアの国章 その裏はスロヴァキアの国章がついた赤。

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降矢なな(NANA FURIYA)

1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学にてドゥシャン・カーライ教授に師事。石版画を学ぶ。主な絵本に「めっきらもっきらどおんどん」「ちょろりんのすてきなセーター」「ちょろりんととっけー」「きょだいなきょだいな」「おっきょちゃんとかっぱ」「あいうえおうた」「ねえ、どっちがすき?」「まゆとおに」「まゆとりゅう」(以上福音館書店)、「赤いくつ」(女子パウロ会)、「おれたち ともだち!」シリーズ…9月に最新刊「きになるともだち」刊行(偕成社)、など多数。

降矢なな作品コレクション

  • ともだちおまじない
    『ともだちおまじない』
    文/内田 麟太郎
    絵/降矢 なな
    1,260円(偕成社)
  • めっきらもっきらどおんどん
    『めっきらもっきらどおんどん』
    作/長谷川摂子
    画/ふりやなな
    840円(福音館書店)
  • ともだちや
    『ともだちや』
    作/内田麟太郎
    画/降矢なな
    1,050円(偕成社)

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