降矢ななのスロヴァキア通信

中央ヨーロッパの小国、スロヴァキア共和国在住の絵本作家・降矢なな、初の月刊エッセイです。‘92年に同国のブラチスラヴァ美術大学へ留学して以来、紆余曲折を経て(笑)、現在はペジノックというワインの産地の街に、スロヴァキア人で画家の夫と7歳の娘と共に暮らしています。スロヴァキアからの便りをどうぞお楽しみください。

第9回 確信の種

チェコスロヴァキア時代の木のおもちゃ
クリスマス絵本の片隅に、スロヴァキアで手に入れた人形もいくつか登場させました。これは、娘が生まれた頃住んでいた団地のお隣さんがゆずってくれたもの。チェコスロヴァキア時代の木のおもちゃです。実物は壊れてしまっていますが、絵本の中では元気に鐘を鳴らしています。

ワニ
白木のワニ。絵本の中では少しアレンジしてリュウになってます。ネコ
布製のネコ。これも本の中ではちょっぴりアレンジしてあります。手足の長いのはそのままですが。

キツネ
私の大切はキツネです。早くほころびを直してやらないと・・・。

*クリスマス絵本の主人公は......絵本が出版された時のお楽しみにとっておきましょう。今年のクリスマスに合わせて、ポプラ社から刊行予定です

暑い・・・・とにかく暑い。

今夏、スロヴァキアの日中最高気温の記録が更新されました。40℃を越えたからです。南に面した私のアトリエのバルコニーは強い日差しにあぶられ、膨張した熱気が開けっぱなしの窓の網戸の目から、じわじわと室内へ押し入ってきます。この国は空気が乾燥しているので、日陰に入ると楽なはずですが、今年の夏はそこら中暑い空気が幅を利かせている気がします。

窓辺に置いたボルネオ産の食虫植物"うつぼかずら"が元気。次々と長くしなやかな葉をのばし、先端についた"うつぼ"の芽はすこやかに成長しています。カエル達は干からびそうなので、北向きの比較的涼しい部屋へ避難させました。

アトリエの室内気温は37℃。その中で私はクリスマスのお話を描いています。幸い雪景色は出てこないので助かっていますが、絵本の仕事をしていると、現実の季節とは正反対の場面を描かなければならないことが多々あります。できあがった原画が、印刷、製本され、書店に絵本となって並ぶまでに数ヶ月かかるため、お話の季節と売り出しの季節を合わせたい場合、そうならざるを得ないのです。
ほんとうのプロの絵本画家をめざすのであれば、タンクトップに短パン一丁で汗まみれになりながら、雪原で凍死するキリギリスのこごえた足先を描く!、くらいの覚悟が必要でしょう。

私が今とりくんでいるクリスマスの物語は、作者がわたりむつこさん。わたりさんが持っていらっしゃる実在のぬいぐるみ人形が主人公です。絵を描く私の目の前には、その人形がすわっています。わたりさんが貸してくださったのです。彼はパスポート無しの密入国者です。

原画制作中、私はそれをそっくりそのまま写生して描いているわけではありませんが、時々手に取ってスキンシップをしています。時には娘といっしょにポーズをとってもらったり・・・。

描いているものが空想の世界であっても、自分の中にその世界への確信が育たないと、私の絵はどこか弱々しいものになってしまいます。絵を描いている私の自信の無さや不安は、誤魔化そうとしてもちゃんと絵に現れて、それを見ている読者に伝わってしまうのです。

密入国者の彼は、黒いボタンの目でこちらをじっと見つめています。私は彼を何度も手に取って木綿の手触りを感じながら、頭の中で物語の場面を思い描いてみます。ときには腹話術師みたいに動かしながら会話してみたりもします。大のおとながひとり、お人形と会話しているなんて、気味悪いですねぇ。でも、そんなことを繰り返しているうちに、人形の個性が見えてきて、私の頭の中に彼をとりまく世界が育ち始めるのです。

私自身が確実な気持ちで、彼のしぐさや表情を描きあらわし、色付けすると、彼も私の絵の中で生き生きと確かに存在してくれるようになります。

わたりさんの貸してくださったぬいぐるみ人形は、一粒の「確信の種」でした。私の中にもわたりさんの物語の世界を確かに繁らせてくれた。
もちろん、目の前に実物のモデルが無くても空想の世界を育てていくことはできます。でも、ほんとうに何も無いところから確固たる空想の世界は生まれ育っていけるものなのでしょうか?。今目の前には何も無いかもしれない。だけれど、以前どこかでその「確信の種」を拾ってはいなかったでしょうか?。

私にとって大切な「確信の種」のひとつは、幼い頃に出会ったキツネのぬいぐるみです。そのキツネに、私は今までに何度も絵本作りを助けてもらってきました。キツネは私といっしょにスロヴァキアへ来ています。もちろん密入国です。
                    
「確信の種」が揺るぎなく存在した時、物語絵描きは、猛暑の中でも凍死寸前のキリギリスの哀しみを描くことができる、と私は思うのです。

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降矢なな(NANA FURIYA)

1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学にてドゥシャン・カーライ教授に師事。石版画を学ぶ。主な絵本に「めっきらもっきらどおんどん」「ちょろりんのすてきなセーター」「ちょろりんととっけー」「きょだいなきょだいな」「おっきょちゃんとかっぱ」「あいうえおうた」「ねえ、どっちがすき?」「まゆとおに」「まゆとりゅう」(以上福音館書店)、「赤いくつ」(女子パウロ会)、「おれたち ともだち!」シリーズ…9月に最新刊「きになるともだち」刊行(偕成社)、など多数。

降矢なな作品コレクション

  • ともだちおまじない
    『ともだちおまじない』
    文/内田 麟太郎
    絵/降矢 なな
    1,260円(偕成社)
  • めっきらもっきらどおんどん
    『めっきらもっきらどおんどん』
    作/長谷川摂子
    画/ふりやなな
    840円(福音館書店)
  • ともだちや
    『ともだちや』
    作/内田麟太郎
    画/降矢なな
    1,050円(偕成社)

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