降矢ななのスロヴァキア通信

中央ヨーロッパの小国、スロヴァキア共和国在住の絵本作家・降矢なな、初の月刊エッセイです。‘92年に同国のブラチスラヴァ美術大学へ留学して以来、紆余曲折を経て(笑)、現在はペジノックというワインの産地の街に、スロヴァキア人で画家の夫と7歳の娘と共に暮らしています。スロヴァキアからの便りをどうぞお楽しみください。

第14回 タイムマシンの切符

ガラスのブローチのよう
1)氷衣をまとった枯れ草を持つ七海子。精巧なガラスのブローチのようです

氷におおわれた葉っぱ
2)氷におおわれた葉っぱです。

ガラス細工のよう
3)ガラス細工のようになった朝顔のタネ。

スキー場
4)ペジノクの街から車で15分くらいの山にあるスキー場。もみの木に雪がこびりついて、まるでお話に出てくる大男の行進みたいです。

冬の森
5)冬の森で迷ってしまった子どもたち?。手に持っている色鮮やかなプラスチック板にすわってすべります。

木製のそり
6)木製のそりに乗ってすべる子どもたち。

ガラス細工のトンネルみたい
7)雪の積もった森の中は、ガラス細工のトンネルみたいになっていました。

外出しようと家をでたとたん、すべってころんだ。玄関先の地面が氷に覆われツルツルだったのだ。「あ、すべった」と感じ、左手で木戸をつかんだが体を支えきれずズルズルベッタリ、くずもちのように尻もちをついた。

このところ日中の外気温が0℃付近の上下をくり返しており、雪が解けたと思うと凍りつき、雨がパラついたかと思うと凍りつく。木の枝も階段の手すりも、枯れ草もアスファルトの道も、糖衣ならぬ氷衣をまとっている。氷に覆われた植物の美しいこと。ブドウの蔓、枯れ草の先についた草の実......このまま解けないでいてくれるのなら、ピンで服に留めてブローチ代わりにしたいくらい。我家の庭は、すっかり精巧なグラスアートに変身してしまった。

すべり止めの小石や灰がまかれた歩道を私はへっぴり腰で歩いていく。スケートの得意なこちらの子どもたちは、わざとよくすべる所を友だちとふざけながら下校している。
去年の冬は暖冬で、街の中心にある公園の池は凍りつかなかった。人々は、地球温暖化のせいでこのまま寒い冬が来なくなるのでは? と不安がっていたが、今冬は冬らしい寒さがやってきた。公園の池は天然のアイススケートリンクになり、子どもも大人もスケートやホッケーを楽しんでいる。セーターにマフラーという軽装でホッケーに興じる70歳過ぎのおじいさん。そういえば昔の白黒ニュースフィルムに写るウィンタースポーツ選手たちもセーターにマフラー姿だったっけ。

私はスケートができない。中学校の卒業遠足は「富士急ハイランドへアイススケートをすべりに行く」だった。もちろん入試後のこと。遠足前に練習しようと友だちに誘われた後楽園遊園地では、スケート靴をはいて立つこともできず、手すりにしがみついていた。遠足当日、富士山をバックにした野外スケートリンクで私は一体何をしていたのだろう......。お揃いの黄色いセーターを着た同級生のカップルが、手をつなぎながら颯爽とすべっている光景だけはハッキリと目に焼きついているのだが。

スキーもだめ。小学校のころ、父の会社の家族慰安旅行で初めて行った日光のスキー場では、ソリすべりばかりしていた。できるだけ高くスロープを登っていき、一気にすべり降りる。その爽快感を再び味わいたくて、ペジノク近所のスキー場で娘と一緒にソリすべりをした。勢いよくすべり降りてみると、メガネに雪がこびりつき文字どおり目の前が真っ白になっていた。日光ですべった時はまだ近視じゃなかったんだ。記憶に残っているクリアな雪景色は、メガネ無しで見ていたものなのだな......。今ではもう体の一部になってしまったメガネを拭きながら私は妙に感慨深く思った

ふとしたきっかけでいきなりよみがえる昔の記憶や想いに戸惑うことがある。
スロヴァキアへ留学にして初めての冬、友人の招待で山間の村へ遊びにいった。名物の鍾乳洞を案内してもらい洞窟から出てくると、眼下に村の家並が広がっていた。各家の煙突からただよう暖房の煙が家々のあいだに低くたれ込め、霞がかかっているようだった。
その時突然、あるにおいが私の鼻を刺激した。何だっけ? このにおい。忘れられないこのにおい! 眠っていた脳が揺り起こさせるような感覚。
石炭の煙のにおいだった。

私が小学校低学年まで、我が家の風呂は石炭を焚いてわかしていた。そのころは小学校の暖房もだるま型の石炭ストーブだった。となり近所もみな石炭を使っていたから、夕方になると急いで2階の窓を閉めなければならない。閉め忘れると、風呂場の煙突からでてくる煙にまざって飛んでくる煤に部屋がよごされてしまうからだ。風呂の煙突には、先にひらたい円すい形の雨よけ傘がついていた。自作絵本『ちょろりんのすてきなセーター』(福音館書店)に描いたちょろりんの家の煙突がそれだ。

風呂場は住居とは独立して建てられていた。木作りの湯船につかりながら私は、ネコの顔が描かれた木製の温度計で遊ぶのが好きだった。風呂沸かしは3歳年上の兄の仕事。当時鉄道少年だった兄は、風呂のボイラーを蒸気機関車のそれに見立て石炭を放り込んでいた。石炭は風呂小屋の入り口わきに置かれた木箱にごろごろ入れられていた。

石炭風呂もガスに替わり、それ以降、石炭の煙のにおいを嗅ぐことなどなかったと思うのだ。その私が、日本から遠く離れた異国の地で20数年ぶりに懐かしのにおいを嗅いだ。
スロヴァキアの田舎の風景を前にして、私の目には、小学校の頃の我が家の風呂場の風景が映っていた。その時の戸惑い......、自分の今いる場所との違和感、切なくなるような想いともに湧き上がる恥ずかしさを私は忘れられない。留学生活を始めたばかりの気負った私には、こんな所で実家の風呂場を思い出す自分は滑稽で軟弱者だった。

つい最近も、石炭の煙のにおいを嗅いだ。換気しようとペジノクの家の窓を開けていたら、そのにおいは室内に忍び込んできた。この近辺は暖房にガスや薪を使っていると思っていたが、どこかに石炭を使っている家があるようだ。
私の心は再び時空を越えて、石炭風呂の前に降り立った。だけどもう恥ずかしいとは思わない。今の私には、懐かしく思い出せる過去は大切な自分の根っこだ。リアルであればあるほど嬉しい。
石炭の煙のにおいは、60年代東京方面、降矢家お風呂場行きのタイムマシン乗車切符。もちろん往復です。

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降矢なな(NANA FURIYA)

1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学にてドゥシャン・カーライ教授に師事。石版画を学ぶ。主な絵本に「めっきらもっきらどおんどん」「ちょろりんのすてきなセーター」「ちょろりんととっけー」「きょだいなきょだいな」「おっきょちゃんとかっぱ」「あいうえおうた」「ねえ、どっちがすき?」「まゆとおに」「まゆとりゅう」(以上福音館書店)、「赤いくつ」(女子パウロ会)、「おれたち ともだち!」シリーズ…9月に最新刊「きになるともだち」刊行(偕成社)、など多数。

降矢なな作品コレクション

  • ともだちおまじない
    『ともだちおまじない』
    文/内田 麟太郎
    絵/降矢 なな
    1,260円(偕成社)
  • めっきらもっきらどおんどん
    『めっきらもっきらどおんどん』
    作/長谷川摂子
    画/ふりやなな
    840円(福音館書店)
  • ともだちや
    『ともだちや』
    作/内田麟太郎
    画/降矢なな
    1,050円(偕成社)

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