降矢ななのスロヴァキア通信

中央ヨーロッパの小国、スロヴァキア共和国在住の絵本作家・降矢なな、初の月刊エッセイです。‘92年に同国のブラチスラヴァ美術大学へ留学して以来、紆余曲折を経て(笑)、現在はペジノックというワインの産地の街に、スロヴァキア人で画家の夫と7歳の娘と共に暮らしています。スロヴァキアからの便りをどうぞお楽しみください。

第16回 ランゲ・バッパー・マジック 前編

アントワープの中央駅
アントワープ中央駅ホールの飾り時計

おしゃれな古本屋
古本屋の店先でみつけた彫刻。積み上げた本にすわって本を読んでいる。黒一色のワンピースを着た店員さんも素敵なおしゃれな古本屋だった。
ビュッフェ
階段スペースも上手に使ったビュッフェ。トレーに並んだ料理を見ながら選べる。ここでランチを食べました。

料理を運び上げる機械
滑車のついたこの機械で料理を運び上げるのです。

チョコレート屋さん
チョコレート屋さん。アントワープ誕生にまつわる伝説を題材にした、手の形のチョコやクッキーを売ってます。おじさん、そんなに誘惑しないでよ。

ギルドハウスにキツネが!
ギルドハウス。キツネがいた!。

ここにもキツネがいた!。
ここにもキツネがいた!。

昔の井戸
昔の井戸なんですね。洒落てますねぇ。

スケルデ河
アントワープを流れるスケルデ河。向こう側へ渡る地下トンネルが3本通っている。海も近い。

海洋博物館
ケルデ河沿いの海洋博物館と、その前に立つバッパー像。

バッパー像
バッパー像です。酔っ払い二人をおどかしてます。迫力満点。

とよたかずひこさんのFAX通信におとな気もなく(と、この部分強調)、"おきてます"FAXを送ってしまった私だが、今回もすでに締切やぶりをしてしまった。まずい...。おまけにFAXをネタにとよた氏はさらなるワンポイント!。何という不覚!!。自分で自分の首しめてどうする。という訳で、ハイ、原稿書きます。広がった差は縮められるのか?!。乞う御期待。(とよたさん、カメは冬眠する変温動物です)     

今回はまたもや人形劇の話。しかもスロヴァキア圏外。めでたく再開した"スロヴァキア通信"。すでに前途多難か?!。

ヒェヒェヒェヒェ......とヤンさんは笑う。のどの奥から空気がもれるような音。子どものころ観ていたTVアニメ"チキチキマシーン猛レース"に登場する犬のケンケンの笑い方そっくりだ。大きいお腹に髭づらの一見強面な彼が、自分の冗談にヒェヒェ笑うと、まさにケンケン。

ヤンさんはアントワープの街に20年続く『人形劇団ランゲ・バッパー(のっぽのバッパー)』の団長さんである。

私は10月半ば、ベルギーのアントワープを訪れた。ベルギーに詳しい日本の友人と、バッパー(Wapper)のことを知るために。バッパーとは、アントワープの人間なら誰でも知っている伝説の魔物である。どうやら姿は若い男のようだ。猫のように小さくなったかと思うと、とてつもなく大きくなれる。夜の街をいい気分の千鳥足で歩いている酔っ払いを、驚かしては小銭袋を盗みとる。( 酒好きが飲みすぎた時の失態をバッパーのせいにして言い訳した、との説あり。)けっこういたずら者だ。

『人形劇団ランゲ・バッパー』では、バッパーが登場する演目を上演している。そしてその公演が10月におこなわれることを、友人はインターネットの検索で見つけてくれた。

本場アントワープにてバッパーの人形劇を鑑賞。そのゆかりのスケルデ河と河沿いの海洋博物館前に立つバッパーの大きな像を見て、バッパー出没の街中散策。なんて充実した取材旅行だろう!。私は、ベルギーがグルメの国でムール貝が美味しいとかチョコレートが有名とか、そんな余計な情報には一切目もくれず、ひたすらバッパーの国へ、と飛行機に乗ったのだった。

人形劇の会場は、カフェだそうだ。アントワープの伝統的な人形劇スタイルで上演されるという。

金曜日の夜9時から始まる...ということは、大人向けの人形劇なのかな。それともベルギーの子どもたちは夜更かしなのかしら?。カフェの隅に、ジョディー&パンチのような小さな舞台を作って演じるのだろうか。本場のバッパーはどんな姿をしているのだろう?。今年はプラハといい人形劇づいているなぁ...。

私と友人、そして友人の友人でベルギーのイラストレーターのトムさんは、期待を膨らませながら暗くなったアントワープ、石造りの建物の間の細道を歩いていった。

「ここだよ」というトムさんの声。小さな広場の一角、雑多なお店が何軒か並ぶ中、人形劇場への入口があった。看板が出ているわけでもなし。広場に面して、地下室へとつづく扉がそっけなく開いていた。

中をのぞくと急な階段とその奥にコンクリートの床に並んだ背もたれなし木製ベンチが見える。ほんとうに、ここなんだろうか...。ちょうど中へ入ろうとしている中年女性がいたので「人形劇ですか?」と聞いてみると、「そうよ、そうよ」と気さくな返事。それでも私たちが入口の前でもじもじしていると、地下室から青い上着に青ズボンの太った男が、ワイングラス片手に上がってきた。それがヤンさんだった。友人が前もって連絡しておいてくれたので、たぶん先ほどの女性が日本人客の到来を伝えてくれたのだろう、外まで出てきてくれたのだ。

「よく来てくれたね。まぁ、まずは一杯」と別の入口から建物の一階に案内された。カフェではなく居酒屋だった。いくつも並んだ木製のテーブルを囲んで、大勢の客がグラス片手にお喋りを楽しんでいる。その間をウエイトレスが木の床をごとごといわせながら忙しく行き来している。天井からは飛行船の形をしたランプシェードが何台か下がっていた。

開演時間までまだすこし余裕があるのか、ヤンさんは酒場の壁にかかった一枚の写真を指差しながら話をはじめた。写真には舞台の人形たちが写っていた。(なんてぶこつな人形...)私は密かにおどろいた。(写真写りのせいかしら......あの人形の頭、小学生の紙粘土工作みたい...) 何とも素人仕事の人形たちだった。頭のてっぺんから頭と胴を支える金棒が一本。右手を動かす金棒が拳から一本。単純なつくりだ。(私はこの人形劇を観るために、ベルギーにまでやってきたのかしら...)私の脳裏をプラハ国立人形劇場の人形たちの姿がフラッシュバックする。ボーッとしている私に、突然友人が言った「ななさん、今日の演目はバッパーの話じゃないんだって!」。訳がわからず相変わらずうつろな私に、友人が重ねて言った「違うプログラムだからバッパー人形は出ないんだって。今夜、ここにはバッパー人形を持ってきていないんだって」。「・・・・・」。

観客たちは団員の奏でるアコーディオンに導かれて会場へやってくるのだそうだ。開演時間が迫っている。ヤンさんの指示で私たちはあわただしく外の広場へもどった。

街灯の白い光の下、立って待っていると、暗がりのむこうからアコーディオンの音色が聞えてきた。建物の角をまがって現れたのは、帽子を被った長身のメガネ男のアコーディオン弾き。彼の後ろにはぞろぞろと、おじさん、おばさんの集団が恥ずかしそうに笑いながら連なっている。

その愉快な演出と、はにかみながら人形劇の夕べに期待しているお客さんたちを見ていたら、ふてくされかけていた私の気持ちにひとつ、小さな灯りがともった。そしてチロチロと輝きだしたのだ。私も今宵、アントワープの"ランゲ・バッパー・マジック"にかかってしまったようだ。

入口から階段を下っていく、ヤンさん、アコーディオン弾き、そしておじさん、おばさん達の後について、私たちも地下の会場へと吸い込まれていった。
(つづく)

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降矢なな(NANA FURIYA)

1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学にてドゥシャン・カーライ教授に師事。石版画を学ぶ。主な絵本に「めっきらもっきらどおんどん」「ちょろりんのすてきなセーター」「ちょろりんととっけー」「きょだいなきょだいな」「おっきょちゃんとかっぱ」「あいうえおうた」「ねえ、どっちがすき?」「まゆとおに」「まゆとりゅう」(以上福音館書店)、「赤いくつ」(女子パウロ会)、「おれたち ともだち!」シリーズ…9月に最新刊「きになるともだち」刊行(偕成社)、など多数。

降矢なな作品コレクション

  • ともだちおまじない
    『ともだちおまじない』
    文/内田 麟太郎
    絵/降矢 なな
    1,260円(偕成社)
  • めっきらもっきらどおんどん
    『めっきらもっきらどおんどん』
    作/長谷川摂子
    画/ふりやなな
    840円(福音館書店)
  • ともだちや
    『ともだちや』
    作/内田麟太郎
    画/降矢なな
    1,050円(偕成社)

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