降矢ななのスロヴァキア通信

中央ヨーロッパの小国、スロヴァキア共和国在住の絵本作家・降矢なな、初の月刊エッセイです。‘92年に同国のブラチスラヴァ美術大学へ留学して以来、紆余曲折を経て(笑)、現在はペジノックというワインの産地の街に、スロヴァキア人で画家の夫と7歳の娘と共に暮らしています。スロヴァキアからの便りをどうぞお楽しみください。

第18回 二重生活

個展ポスター
個展ポスターです。『いそっぷのおはなし』の表紙とラフの組み合わせ。ペテルがデザインしてくれました。

市立ギャラリー
市立ギャラリーのある旧市役所の建物。

ポスター
ポスターを建物の前に立ててくれました。

個展前日
個展前日。搬入した絵を並べて、飾りつけを考えている私です。

オープニング当日
オープニング当日。友人家族が私の絵を見ている・・・・・。緊張します。

オープニング・セレモニー
オープニング・セレモニーが始まりました。

ソプラノ歌手の日向野菜生さんとその夫のミランさん。そして伴奏をしてくれた相馬邦子さんと私
ソプラノ歌手の日向野菜生さんとその夫のミランさん。そして伴奏をしてくれた相馬邦子さんと私。

この秋、私はペジノク市で個展を開いた。スロヴァキアで8年ぶりに開く個展だ。会場は、街の中心にある旧市役所の建物にある市立ギャラリーである。

私はそのことをエッセイに書こうと、ここまで書きだすのだが、先に進むうちに何だか自分が書きたかったことから、どんどんねじ曲がり修正できなくなって、また一から書き直すことをくり返している。何度もつまずいている。
これは、このエッセイを一年近くも無断で休載したことへの天罰だ、と胸に手を当てて深く反省する。これで、書き進められるだろうか......。

私のスロヴァキア生活は、今年の秋で17年を迎えた。留学生の頃、そして結婚、出産、子育て。社会主義崩壊後のスロヴァキア共和国が、劇的に変化してきたのと同じくらい、私の生活も大きく変わっていった。ただその中で、私がこれだけは絶対にゆずれないと守ってきたことがある。
それは絵本作りである。
なんて書くと大げさだし、ただ単に「絵本なんて描かなくても、君がいてくれるだけでいいんだよ」と言われなかっただけかもしれないし、自分の未知の可能性について探求するのをさぼっていただけかもしれない。
何はともあれ、いつも絵本作りを「最も大切にする事柄上位3位以内」に入れて生活してきたつもりだ。

私の絵本は、主に日本国内向け出版である。スロヴァキアでは出版しないのか? と、よく聞かれる。10年以上前にスロヴァキア語の「ABC絵本」を作る機会があった。しかし、その時にがっかりするような経験をして以来、私から積極的に売り込むことはしていない。それよりも、日本から依頼される企画の方が魅力的だし、条件も良い。日本の中に何人か信頼できる作家や編集者がいて、一緒に本作りをすることが、とても楽しい。私は、スロヴァキアの出版社に売り込みする必要も時間もないのが現実だ。
だからここまでの道のりを後悔などしていない。のだが、これだけ長くスロヴァキアに暮らしていると、歪みも生じてくる。

私自身が自分の職業について、これだけこだわっているのとは裏腹に、この国で作品発表をしていない私は、周りの人々にとって「七海子ちゃんのママ」「ペテルの妻」でしかない。あ、それからもう一つ、「スロヴァキアに暮らす日本人」。夫のペテルは画家で、私は「その妻」扱いしかされない時、なんともいえず悔しく、悲しい気持ちになる。

最初のうちは、覆面作家のような二重生活を楽しむ余裕もあったが、それが何年も続くと、これで良いのか自信もなくなってきた。
私っていったい何なのだろう......。
しかし、作品を発表しない作家なんて、存在していないのも同然だ。という訳でまずは試みとして、今年の個展、そして9月から一年間、スロヴァキアの子ども向け月刊誌にイラストを描く契約を結んだ。

大昔、中学校の保健体育の時間に、人間の欲求について学んだ。食欲、排泄欲、性欲、睡眠欲......など、生理的欲求が並ぶ中、"承認欲"ということばが強く記憶に残った。そうだよな、人間だれかに認めてもらいたいんだよなぁ。
創作活動って、一体何なのだろう。

私は、絵本作りに関して、とても恵まれてきたと思っている。今日まで絵本を作り続けてこられているし、それらは出版され読まれてもいる。なのに、これ以上何を望む必要があるのだ? 私が、私自身を天から見つめる神様だったら、そう言うだろう。それとも、生ぬるいお湯の中で満足していてはいかん、と言うだろうか。

オープニングの前日、私は突然、不安で一杯になった。一体誰が来てくれるだろう。こんなに長いことここでは何もしてこなかったのだから。
でも、それは杞憂だった。当日の会場にはたくさんの人々が集まってくれた。オープニングのアトラクションでは、ここで活躍している日本人ソプラノ歌手の日向野菜生さんが、日本とスロヴァキアの歌を唄ってくれた。彼女は私がスロヴァキアに来たばかりの頃からの友人である。菜生さんは、言葉や人種のハンディを乗り越えて、この国でプロ歌手としての基盤を築き上げてきた人だ。
彼女の歌声に会場の皆が引き寄せられていく様を見つめながら、私は感謝した。この空間と時間を皆と共有できたことを。

翌日、街中で偶然、七海子のクラスメイトのお母さんに会った。彼女もオープニングに来てくれた。
「昨日は来てくれて、どうもありがとう」
私が言うと、彼女は笑って、
「だって、あなたがどんな絵を描くのか見たかったんだもの。
週末は、職場の同僚を誘って、また見に行くわ」。
個展を開いてよかった。
もう少し試していってみよう・・・、と私は思っている。

追伸:
エッセイ連載をサボっている間に、新作が3冊出ました。
○ 4月に福音館書店から『まゆとおおきなケーキ』。
月刊こどものとも4月号です。おなじみ、やまんばのむすめまゆのシリーズも5冊目になりました。
○ 5月にグランまま社から『いそっぷのおはなし』。
詩人、木坂涼さんの美しくシンプルな文章に、私が一捻りした絵をつけました。遊び心を詰め込んだイソップです。
○ 10月に童心社から紙芝居『やさしいまものバッパー』。
エッセイにも書いたアントワープ取材から約1年。アントワープの街に伝わる魔物バッパーをもとに、野坂悦子さんが紙芝居の脚本を作りました。エッセイとともに楽しんでいただけたら嬉しいです。
○ そして今年最後の新刊は、
11月に金の星社から『こんにちは ふゆですよ』。
私としてはめずらしい科学絵本です。季節を感じる絵本4冊シリーズのうちの1冊、冬編を担当しました。文章は柴田晋吾さんです。この絵本のため、今年の1月は長野の大町や動物園を取材しました。一味違う、降矢ななの絵をご覧下さい。

それからもう一つお知らせです。
私のスロヴァキア美術大学の恩師、ドゥシャン・カーライの展覧会が、板橋区立美術館にて開かれます。この展覧会ではカーライ氏に師事し、その後絵本画家として活動しているスロヴァキアの作家たちの絵本原画も展示されます。私の夫ペテル・ウフナールや、なんと私の作品も並びます。
私はカーライ先生の作品に惹かれてスロヴァキア留学を決めました。その魅力的な作品をどうぞ皆さんもご覧になってください。
詳しいことは、どうぞ板橋区立美術館のHPをご覧下さい。
http://www.city.itabashi.tokyo.jp/art/

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降矢なな(NANA FURIYA)

1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学にてドゥシャン・カーライ教授に師事。石版画を学ぶ。主な絵本に「めっきらもっきらどおんどん」「ちょろりんのすてきなセーター」「ちょろりんととっけー」「きょだいなきょだいな」「おっきょちゃんとかっぱ」「あいうえおうた」「ねえ、どっちがすき?」「まゆとおに」「まゆとりゅう」(以上福音館書店)、「赤いくつ」(女子パウロ会)、「おれたち ともだち!」シリーズ…9月に最新刊「きになるともだち」刊行(偕成社)、など多数。

降矢なな作品コレクション

  • ともだちおまじない
    『ともだちおまじない』
    文/内田 麟太郎
    絵/降矢 なな
    1,260円(偕成社)
  • めっきらもっきらどおんどん
    『めっきらもっきらどおんどん』
    作/長谷川摂子
    画/ふりやなな
    840円(福音館書店)
  • ともだちや
    『ともだちや』
    作/内田麟太郎
    画/降矢なな
    1,050円(偕成社)

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